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小さな意見の違いは決定的な違い・・なのか?(2)
9月5日、『「小さな意見の違いは決定的違い」ということ』の(三)が出た。
何と彼は「つくる会」総会での出来事を批判している。
それによると・・・
「内紛」の経過をまとめた文書が配られたが、小田村四郎氏が「回収して欲しい」と言い出し、みんな従ったという。
小田村四郎氏は
【仲間割れしている場合ではない。左翼を喜ばせるだけである。二つの勢力が仲良くするためにはこの「総括文書」は邪魔になる。もうこんなことはやらないで欲しい。】
と訴え、認められた。
このことについて西尾さんは、
【・・・加えて、仲間割れは利敵行為になるから、保守勢力の「全体」のパワーの結集のために「小異を捨てて大同につけ」といわんばかりの小田村氏の号令は、日本会議を中心に据えたいわば軍令部団長の発想である。政治主義的な発想である。教科書作成の会になじまない。】
という。
ここで「小異を捨てて大同につけ」が出てくる。
「内紛」に関する文書はネットに溢れている。
馬鹿馬鹿しくて読む気になれないが、内紛の大きな原因の一つに「小さな違い」に拘る勢力がいたことだ。
面白いことに「つくる会」の機関紙『史』7月号 (通巻57号)には、新会長の小林正さんの見解が出ている。
今回の混乱に関連してネットや雑誌等で「つくる会」の協力団体との亀裂を招きかねないような発信が相次ぎ、これを心配する発言が会場からあった。
これに答えて小林正会長はこう述べた。
【保守の総結集を図らなければ左派勢力に勝てないということはわかっているわけだから、排除・選別という方法で保守が結集できるなどという戦略論はありえない。
ところが、そういうことを敢えて文書として公表された方がいる。われわれは「会」の発展にとって大きな障害だといわざるを得ない。局外者として「会」の今後の発展に悪影響を与えるようなことは一切発言しないで欲しいということを(ご本人に)伝えている。・・・】
これが誰を指しているか私には分からないが、想像は容易につく。
要するに西尾さんは保守が団結するのが嫌で嫌で仕方がないのだろう。
団結するには少々の意見の違いは「我慢」しなければならないが、彼の(多分)自尊心か自惚かなにか知らないが、そういうものに耐えられないのだろう。
彼は保守の「分裂主義者」だ。
違いを認めた上で、一致するところで共同の行動を取る、違いは大いに議論を戦わせばよいことだ。
彼は、議論して自説が否定されるのが怖いのかもしれない。
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9月9日、引き続いて、「小さな意見の違いは決定的違い」ということ(四)、が出た。
ここでは「つくる会」総会(7月2日)後の懇親会(同日)の出来事が紹介されている。
懇親会には櫻井よしこさんのほかになぜか岡崎久彦氏も来て、紛争について叱責調で、「つまらない争いはやめろ、一体何で争っているのか分らない。怪メールが非難されているが、自分には何が悪いことなのかまったく分らない。八木氏の中国訪問に何も問題はない」と語ったそうだ。
怪メールとか八木氏の中国訪問とか、何のことか分からない読者のために少し解説しておく。
怪メールというのは「つくる会」の副会長、藤岡信勝さんが最近まで東大の共産党に属していたという文書が出回り、その発信源として八木さんが疑われている。
中国訪問というのは、つくる会の会長(当時)として中国を訪問し向こうの学者と討論した、というもので「結局、相手側に取り込まれてしまった」と評価する人がいる。
このことを含めて「三つの大罪」があるといい、これをハッキリさせない限り混乱と争乱は収まらない、という。
私にもよく分からない(分かろうともしない)出来事で、こういうことがあって八木、新田、松浦などの主要メンバーが「つくる会」を抜けたのである。
西尾さんは奇妙なハナシを述べる。
もって回った口調ながら、要約すると次のようになるらしい。
岡崎さんが「詰まらん争いをやめろ」というのは滑稽で、実は彼は内紛の火付け役(の一人)だ。
彼はどうしても八木さんを担ぎ出したいのだ。
しかも、その背後にはなんと次期自民党総裁就任が確実の安倍晋三さんがいるというのだ!
安倍さんの名前はハッキリとはいわないが「美しい日本」という言葉が出ているからそうとしか思えない。
この「西尾幹二のインターネット目録」というブログには西尾「信者」がたくさんいて、コメント欄には「ヨイショ」コメントが溢れている。その信者の一人は、次のように書く。
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(最近中国は安倍氏に擦り寄る姿勢を見せているが、何故だろうか。)考えられる事は、安倍・八木両氏のホットラインが想像以上に頻繁にあり、中国側は操りやすい八木氏を泳がせれば、最後は安倍氏の喉元にたやすく剣を突き付ける事ができるとでも思い、したたかな策で絶好の機会を狙う下準備をしているのではないか。
果たしてそれを安倍氏は見抜いているのだろうか?
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西尾さんもその「信者」も「陰謀論」がお好きなようで、アメリカや中国の陰謀に日本の政財界が加担し、極端な話、日本を「売ろう」としている、と言いたげなハナシがまかり通っている。
ま、それはともかく西尾さんが「つくる会」騒動について書くことから感じるのは、彼の個人的な性格である。
要するに「お山の大将」でいたいらしいのだ。
「つくる会」のような組織活動では集団で討論したりする。
当然意見の違いはある。
西尾さんにとって「重要な意見の違い」も、他の人にとっては「小さな意見の違い」に過ぎないことがある。
「そんな小さな違いはどうでもいいじゃないですか」と言われるのがどうも気に食わないらしい。
彼が「つくる会」で顧問をしているときにも、こういう事態があったのかもしれない(知らないから勝手に想像するだけだが)。
かれが「小さな意見の違いこそ決定的な違い」と言いたかったのは、要するに、「つくる会」で自分の意見が通らなかったり、議論の対象になったりして不愉快な思いをしたからではないだろうか。
「お山の大将」であって「先生、先生」と奉られていなければ我慢できない、そういう彼の性格が垣間見れる。
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さらに別の観点から、「山崎行太郎の日記」というブログが面白いことを書いている。(2006年9月9日号)
ちなみに山崎行太郎さんは反小泉を強烈に打ち出している。
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西尾幹二等が対立し、対決している相手は、怪文書をばらまいたり個人の思想経歴を暴露して政敵や論敵を抹殺しようとする八木秀次や新田均のような陰謀家たちだけではなく、実は権力に迎合し、その奴隷や走犬(走狗?)となることをも恥じない、いわゆる保守論壇に生息する「御用文化人」であり、「御用メディア」である。たしかに、権力に迎合し、如何にして甘い汁を吸うかしか考えていない、いわゆるサラリーマン崩れの「世の健全な常識家たち」には、西尾幹ニや藤岡信勝等の言論闘争や思想闘争の意味は理解できないかもしれない。(後略)
私は、昨今の論壇の停滞と混迷の原因は、論壇における文学的な思考の不在ではないか、と何回も書き、且つ嘆いてきた。
かって三島由紀夫や福田恒存、江藤淳(の提起したこと)は・・誰もが容易に納得し受け入れてくれるような平凡で凡庸な議論ではなかったはずである。言い換えれば、「気でも狂ったのか」と言われるような、「世の健全な常識人」から見れば、かなり突飛で異様な問題提起だったはずである。
何事に関しても微温的で穏健過ぎるというほかはない。優等生たちによる夏休みの宿題とその模範回答の列挙というレベルから一歩も抜け出していないのではないか・・・。
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常識的な凡庸な論議ではなく、ある意味過激で突飛な議論を西尾さんらは提起しようとしているのに、今の論壇や文芸界は情けない・・というわけだ。
私に言わせると、過激で突飛な議論は結構だが、本当に価値があるかどうかだ。
文化大革命を引き起こした毛沢東はたしかに突拍子もないことを言ったが、明らかに非常識だった。
その結果たいへんな混乱と停滞、深い傷跡を残した。
西尾さんがそのような過激で突飛な、しかし価値のある議論を展開しているとは思えない。
今、保守陣営内で意見の対立が激しい。
意見が違っていて雑誌やネット上で激しく遣り合っても、個人的には友人で一緒に酒を飲む、というような「器用な」言論人は少ないのではないか。
ちょっとした意見の違いから、すぐ感情的な対立に発展する。
「いいトシして、何やってんだ?」と思う。