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西尾幹二氏の奇妙な論理 『小さな意見の違いこそ決定的な違い』??
西尾幹二さんが
『「小さな意見の違いは決定的違い」ということ』というタイトルで論文(というよりエッセイに近いので、以下エッセイと記す)を書いている。
実は、彼のエッセイは私の意見への反論である。

彼のブログ『西尾幹二のインターネット目録』で「ハンス・ホルバインとわたしの四十年(八)」
という記事の中で講演会の紹介があった。

8月15日、1500〜1600  第二部 西尾幹二先生講演 
演題 「真昼の闇」の時代に目を開け
〜安倍氏よ、
        小泉にならないで欲しい〜
そして、解説として次の文がある。
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・我が国の「保守」のあり方を、西尾幹二先生が根底的に問います。

@インターネットと活字の言論
A新聞の無力の時代
B
意見の小さな違いこそ決定的違い
C言論人は政権ブローカーではない
D政権は盲目的従米のままでいいのか
E言論誌は中韓の単なる悪口屋でいいのか
F親中になりやすい「右翼」の体質
G日本会議は正式の政党になれ
H自由と民主主義を再確認したい
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私がこのうちの「B意見の小さな違いこそ決定的違い」はおかしい「小異を捨て大同につく」ではないか、と意見を書いたところ、しばらくして表題の『「小さな意見の違いは決定的違い」ということ』というエッセイが出されたのである。
その間、ブログだからいろいろやり取りがあったが、それは省略する。

さて、その続き物のエッセイだがまだ2回しか掲載されていないが、すでに2回目で彼のムチャクチャな「論?」が展開される。
簡単に紹介する。

40年ほど前、「安保闘争」のときの話だ。
彼は東大大学院生(修士2年)だった。
ちょうど、樺美智子という東大生がデモで押しつぶされて死んだ。これを「彼女は虐殺された」として、デモはさらに激しくなった。
西尾さんはドイツ文学科に在籍していたが、彼が研究室へ行くとある学生が「(デモに参加する)学部の学生諸君に頑張れ、とエールを送りたい。独文科大学院生の名において独文科の学部の学生諸君の行動を全面支援する声明を出したいが、全員賛成してもらえるか」と提案した。
彼が消極的ないし反対の態度を表明したところ、柴田という学生が「西尾君の考え方は<政治的思考>に欠けている」といい、他の学生は「お前の考え方は<敗北主義だ>」と非難し、興奮した一団の声に西尾さんの言葉はかき消された。

・・・このころ私も地方の大学1年生だったから、雰囲気はよく理解できる。

ところがここから彼の奇妙な「論理」が展開する。直接引用する・・。
-------------------------- 引用はじめ
「政治的思考」とか「敗北主義」とかいう言葉は当時左翼革命シンパたちがとかく他人を罵倒するときに使う常套句であった。・・・半世紀後の今では「保守運動」とかいうものを信じている連中が「小異を捨てて、大同につけ」とよく言うが、この言葉は「政治的思考」とまったく同質、同根である。
 みんな同じ左翼革命シンパの常套句の裏返しなのである。
------------------------------ 引用終
「政治的思考」とか「敗北主義」とかいう言葉は当時左翼革命シンパたちが・・・使う常套句であった。
という部分は正しいが、それが「小異を捨てて、大同につけ」と同じだとするところに論理の飛躍がある。

彼が研究室で経験したのはある見解(デモを支持すべき)の強引な押付けであって、「政治的思考」とか「敗北主義」なる言葉が重要なのではない。

当時学生運動は共産党系の「民青」とか、反代々木の「革マル」とか「革共同」などという、いくつかの組織に分裂していた。シンパもそれぞれに従って存在していた。
その分裂の「思想」というより、「原理」あるいは「感覚」といった方がよいかもしれない、それこそ西尾さんの主張する「意見の小さな違いこそ決定的違い」であった。
例えば「民青」、「革マル」、「革共同」の違いをきちんと説明できる人は少ないだろう。
彼らこそ、「小さな違い」に徹底的に拘って四分五裂し、果てしないゲバルト(暴力、転じて殺し合いを含む暴力事件)をもてあそんだのである。

まさに「小異を捨てて、大同につく」の逆を行っていたのである。
彼は、そのことを知っているはずである。

彼はさらに続ける・・。
-----------------------------引用はじめ
 その(同質であること)証拠に、彼らは二言目に、「敵は左翼だ。仲間割れしている場合ではない。一つにまとまれ。団結の力を示せ」とまるで人間を兵隊扱いする。昔の左翼の言い分そっくりである。

保守は政治的集団主義にはなじまない。保守的ということはあっても保守主義というものはない。保守的生活態度というものはあっても、保守的政治運動というものはあってはならないし、それは保守ではなくすでに反動である。
・・・・
 戦後余りに左翼が強かったので対抗上保守側も組織をつくった。それがだんだん巨大化して、自分たちがいま、昔憎んだ左翼革命勢力と同じようなパターンにはまり、同じような集団思考をしていることに気がつかなくなっているのである。

 「小異を捨て大同につけ」はこういうときの彼らの陳腐な合言葉である。
-------------------------------- 引用終
保守というものに対する彼の独断には唖然とする。

保守にはいろいろな側面がある。
孤高の思想家は確かに群れないだろう。
また保守思想にもいろいろな意見の違いがある。
そういう時、例えば「保守思想学会」なるものを組織してもよい。
そこで異なった見解を戦わせ、ヨリ高い理論を求めることが出来る。

また、彼は【保守的政治運動というものはあってはならない】というが、何故なのか理由を示していない。
一般的に「保守思想を広める」という運動がってもよいし、特殊目的のための運動(「靖国神社に参拝しよう運動」など)があってもよい。「靖国・・」は本来は「保守運動」ではなく「国民運動」であるが・・・。

2回の連載だけでは簡単に判断できないが、どうやら「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛に関連しているのではないかと勘ぐるのである。
保守的な教科書をつくる、というのも保守の運動の一環である。(尤も「保守的な教科書」という概念は本来あってはならないが、事実上そういうことになっている。)

彼は「つくる会」の創始者である。
勘ぐるに、彼が一人で執筆し他人の意見を聞かずに済めば、「意見の小さな違いこそ決定的違い」などと言うことはなかっただろう。
彼のような「孤高な」学者は、集団的に見解を練ってそれをまとめる、ということが苦手、あるいは、大嫌いなのだろう。
そういう身勝手な学者のわがままをこういう変な言葉で誤魔化しているとしか思えない。

第3回もまもなく出るだろうが、なるほどと思うことが出て来るだろうか・・・。
本来は、彼のブログ『西尾幹二のインターネット目録』の「コメント」へ投稿すべきなのだが、管理人から「連載が終わるまで待って欲しい」との依頼があり、私のHPへ載せることにした。