デイドリーム ジェネレーション 見慣れたはずの部屋が何かおかしかった。ドアを開けると目に飛び込んできたものとは。 「……守、お前は部屋にコタツ置いてたっけ……?」 部屋の中央にいつの間にかコタツが置かれてあったのだ。 ここは守の家。悟志は『幽☆遊☆白書』の撮影時代からここにはちょくちょく遊びに来ていた。撮影が終わってもうすぐ一年が経とうといた今でも、こうやって時々この部屋で会ったり遊んだりテレビを見たり色々モゴモゴ。 確かに考えてみればもう秋も終わりかけだし、コタツが登場してもおかしくはないだろう。そんなに広くはない部屋によくこんなもん置いたよな……まあテレビ見るには楽だけど。つーか、去年までは確かなかっただろ。 「うん、悟志にお願いがあるんだ。オレに勉強おせーて!!」 守のお願いポーズが炸裂。予想すらしなかったセリフに耳を疑った。べ、勉強だと?このオレにか? 聞けば、受験のための勉強を見て欲しいという。確かに守の成績は決していいものじゃないだろうことぐらい知っている。マトモに学校に行けないと当時はよく聞かされていたし。しかし、オレだってマトモに勉強が出来なかった3年間を知っているだろうが。夢をみるのもたいがいにしてくれ。 自分の勉強机(小学生になると大抵親から買い与えられる例のアレだ)でもいいのだけれど、コタツのような机の方が教えてもらいやすいから、わざわざ出してきたのだという。 「あのさ、塾とかは?」 まずはそれだろ。 「うん、行ってる。でもそれもあんまり付いていく自信ないし」 うんなるほど。そりゃそーだろ。 「カテキョーは?ト○イとかよくCMで聞くじゃん」 「だってオレの家が簡単にバレたらやっかいだろ」 それもそうだな……赤の他人がこの家にやってきて、その教え子がなんと『幽白の飛影役の子だった!』なーんて知られたら色々面倒だよな……。 「だから、まずは身近な人間にお願いしようと思って。な、いいだろ悟志。悟志だって高校受験はやったんだろ」 オレが高校受験って一体何年前の話だと思っているんだこのガキは……。いや、アレだアレ。オレと会う時間を増やす口実ってヤツか。確かに、普通の中学生としての生活を送る守と、幽白時代とは違って色んな番組を掛け持ちで忙しい自分とでは、会える時間は昔と比べてものすごく減ってしまったし(いや、生活の2/3の時間を一緒に過ごしていた昔の方がおかしかったのだけど)。 ……ん?ちょっと待てよ?もしかして守は、なにか勘違いをしていないかッ? 「……守、一つ言っておくが、……オレは蔵馬じゃない。正直言って、頭は悪いんだ」 わざと蔵馬風に言ってみたら……守の表情が一瞬引きつった。マジ勘違いかよ!オレは蔵馬じゃないっつーの! 「あ……そっか、そうだよなー……あは、アハハハハ……」 守はそう虚しく空笑いするとがっくり肩を落とした。 数秒、沈黙が流れた。いつも間を置かずマシンガントーク寸前なおしゃべりな守の前では、正直かなりの息苦しさを感じた。 「……わかったよ、ちょっとだけ見てやる。出来るかどうか分からないけれど、それでもいいの?オレはどうすればいいわけ?」 「よ、よかったー!やっぱお願いしてみるもんだな!それじゃ悟志はここに座って。オレはここに座るから」 一瞬にして、ぱあっと顔が明るくなったかと思うと……まるでおままごとだ。守は教科書とノートを置いた(だけ)前に座り、オレはその横に座った。まだそんなに寒くはないので、コタツの電源は入っていなかった。 家でも、こんな風に誰かと一緒にコタツなんかに入ってゆっくり時間を過ごすことも、ここ数年はなかったかもしれない。 「でね、悟志。こーゆーの、わかる?」 差し出された教科書を覗き込んでみると……確かに昔自分も勉強したような気もしなくはないが……何が書いてあるのかはっきり言って全く分からない。 「……守、一つ聞いていいか……?コレ、マジで中学の教科書か?」 「うん、どうもそうらしいんだよ……」 どうも自分とオレとが似たレベルだと気付いて安心してしまったみたいだ……いや、そこは安心するところじゃないと思う。ここでオレがしっかりしないと危ないんじゃないのか? 「……ちょっとその教科書貸して。え〜と、ここがこうだから……う〜ん……」 「え、悟志分かりそう?」 「まだ分かんないよ。ちょっとシャーペンと紙も貸して」 ここは年上の意地を見せてやる!頭をフル稼働して3年前の記憶を掘り起こそうとし、紙に色々書いてみる。書いてみるけれど、やはりオレの頭では手に負えないような気持ちになってきた。 昔、『だって学校なんて年くってからでも行けるじゃん』なーんて大口叩いたこともあったが、かなり自信がなくなってきたな……。 「……って守、お前なにボーっとしてんだよ、お前が一番頑張らないとなんないんだろ?」 やけに守が静かだなーと思ったら、こっちをじーっと見つめていた。多分問題の方ではなく、オレ自身の方を。 「あ……ゴメン、悟志に見とれちゃってた!」 「……あのなぁ、そーゆーのは思ってても口に出さないもんなの、こーゆー時は!」 よくよく考えてみると、こんな関係のオレ達がカテキョーもどきみたいなことを出来るわけがないような気になってきた。守が興味あるのは、勉強でなくてあくまでもオレなんだから。 守は、芸能人ではなくて普通の子供として頑張って高校にいくんだと、オレの前で宣言した。とはいっても、まだオレの前ではついつい甘えてしまう年頃だ。 そんな風に考えていた時、オレは紙と鉛筆をじっと見ていたままだったから気付かなかったけれど、いつの間にか守はこちらに寄ってきていた。 「……なあ、悟志。今やっちゃ駄目か?」 そう言いながら抱きつき、顔をすりよせてくる。 「ちょっと待てってば。お前は今勉強するところだったんだろ?」 あ〜あ、やっぱり勉強する気ゼロですか、そうですか。 「だって悟志、今度いつオフになるか分からないだろ?」 「それはそうだけれど……」 確かにオフの日なんて当分取れそうにないので耳が痛い。守の声はもう本気状態で、オレのひざの上に乗りあげて首に腕を回しキスをする。 自分はというと、ここで守を現実に戻してやらないと、という考えが頭の中にあったはずなのだが、……所詮オレもヒトの子なんだと思い知らされる。気付けば自分の方こそ守をしっかりと抱きしめ、守と一緒にキスに夢中になっていた。 守は、最初に会った時こそ本当に子供だったけれど、最近つくづく大人に近づいているなと思う。まだ子供っぽさ全開だが、時折見せるしぐさなんかには、思わずドキッとなってしまうこともよくある。身体だってずいぶん大きくなった。そんな守がいつもオレの隣にいて、オレのことを真っ直ぐに見ていて、それが当たり前だと思っている自分は、やはり守に惚れているんだなと、そして守に惚れてよかったなと思ってしまう。 その時、自分の体がふわ〜っと後ろに傾いた。守が体重をかけたからだと気付いた時、 『ゴンッ』 「……ったあッ!」 思いっきり後頭部を壁に打ってしまった。二人分の体重で打ち付けたのだからマジで痛い。 「ささささ悟志……大丈夫か?マジでわりい!ああぁああぁ……」 とんでもなくスバラシイ音が出たのだろう、守の慌てっぷりは見ているこっちが面白いくらいだった。にしても頭がくらくらして、もう何でもいい気になってきてしまった。 「守、やるならここじゃなくてベッドにしてくれ、頼むから」 テレビをつけ、音量を上げた。哀しいかな、オレは職業柄か喘ぎ声も何とか抑えることができるので、そう暴れたりしない限り、家の人にも気付かれることはなかった。 何回かこんな風に守と一緒になったことはあったけれど、それで気付いたのは、まだ守はこういうことに興味がある、といったレベルなんだなということ。対してオレはというと……実は、やりたくてしかたがない。普段は平静を装っていても、こうなってしまうと自分でも自分を抑えられなくなる。 だからこの時も、一通り守のするがままに任せていてもまだ物足りなくて……それはまさに年齢差と体格差の所為なのだけれど……気付けば暴走していた。守の上に跨って夢中になって体を動かした。オレの気が済むまで。 思い出すだけで顔から火が吹き出そうなくらい恥ずかしいことを守の前で、夢中になっている時には何でも出来た。その分、後の守の反応もまた怖かった。顔に『悟志ってすげえんだな』とバカ正直に書いてあり、ゲッソリする。頼むからそっとしておいてくれ……お前ももうすぐ、オレの気持ちが分かるようになるから。そして内心、その時を実に楽しみにしている自分がいたりした……。 翌日、オレは守にメールを送った。多分驚くだろう。でもオレ達はこんなことで終わったりするような浅い関係じゃないだろう?
ロケで2ヶ月離島、というのは本当の話。2ヶ月間行きっぱなしというわけでもなく、時々別の仕事で東京と往復することにはなっていたが、その合間にも守に会うことは我慢しようと決めた。オレにとって長期ロケは初めての経験で、だからこそ、このように気合を入れれば自分も頑張れそうな気持ちになれた。 オレは役者として頑張りたい。もし守が芸能界をやめなければ、いつかはこんな風になっていただろうな、という想像上の守を自分が目指したかった。間近で見た守の演じる姿は、それだけオレにとって衝撃的だったのだ。 途中でくじけそうになって、守に励まして欲しいと思って携帯に手を取った丁度その時に守から電話がかかって来た、という不思議な偶然は何度も起こった。 「……オレが寂しいのって変なのかな、やっぱ……」 会わなくなってからの守はずいぶんと雰囲気が変わったように思う。もしかしたら、実際に会うよりもたくさんの本音を電話で聞いたかもしれない。彼なりにいっぱい悩んで苦しんでいるのだろう。そう思うといっそう守が愛おしい。守が好きだと、態度で見せられない分、頑張って言葉に表したりもした。 守は今、オレの変わりに信国に勉強を見てもらっているらしい。信国にはせっかくのオフが潰れてしまって悪い気もしなくはないが、彼はオレが知る限り一番信頼できる人間だし、ものを教えるのも上手らしいので、守の為にはせいぜい犠牲になってもらおう。 守の芸能界離れについては、オレは何も責めなかった。彼の想いは痛いくらい分かるから。ただ、それが本当に痛みとして感じられないくらい、自分は大人になってしまったのだろう。代わりに守も、オレの芸能活動について何も言うことはなかった。 守がいなくなってから、色んな人から言われた。『楯岡くんはもう戻ってこないの?』同じタレントから芸能関係者まで、耳にタコが出来そうなくらいたくさんの人に言われた。『楯岡くんさえいてくれたら、懐かし系特番で幽白も組めたのにな』と非常に残念がるプロデューサーの顔を何度も見せられた。 守の望みは『終わってしまった幽白』ではない。『あの時の幽白』だ。そんなもの、タイムマシンでもない限り無理だということは本人が一番よく知っている。それでも、オレだってこの世界に守がいないことがとても寂しいと感じていた。テレビ局で時々信国や陽平とバッタリ会って、もしここに守もいればそこはオレ達にとっての『あの時の幽白』なのだから。 オレが守に対して何をしてあげることが一番なのか、分からないまま時は過ぎた。 「悟志、オレ受かった……!」 その知らせを聞いたのは、たまたま東京のスタジオで撮影の休憩中だった。 「やった!守、マジおめでとう!!」 他の共演者にも聞こえてしまったと思うくらいに大きな声を出してしまった。 オレの方も、もしダメだったら何て言えばいいんだろうとずっと気を揉んでいた。守が一つ坂を上りきった。それはオレにとっても、とてもとても嬉しいことだった。他の誰よりも一番、守の合格を褒めてやりたい!さすがオレの守! 「今、撮影中なんだけれど、終わるのやっぱメッチャ遅いんだ。それでも会える?」 「いいのか?悟志、ありがとう!」 オレとは違う世界で頑張った守に今すぐ会いたかった。オレの思わず弾んでしまった声に守は気付いてしまったかな。 もうすぐ、少しだけ大人に、オレに近づいた守に会える。姿が見えたら真っ先に抱きついて、思う存分褒めまくったら、泣き虫のお前をずっとずっと抱きしめよう。そしたら今度からは、オレは少し子供に戻って、ちょっとだけお前に甘えてみてもいいかな? END |