まんだら 第一篇〜記憶の町へ30 流れゆくはずの窓のむこうに時間は生起していない、孝博の目は特異点となることで後退する背景はむろんのこと、富江の残像さえもその場からにわかに消しさった。 すると一こまが次の一こまに瞬時に移り変わるようにして、あらたな富江の姿態が形作られるのだった。 秒針がチクタクと刻まれる幻像にまわりが包まれだしたのも、そして、そんな感覚もどこか遠い世界での出来事だと、太陽を見つめ続けた際に生じる鋭い刃が突きさるかの、あの避けがたい痛みと忘我が共存する刹那へと導かれていたのも、すでにその時点が夢見の霧の彼方であることを受入れざるを得ない、甘い恐怖に彩られていたからである。 夢の面口はあらかじめ解体されたものを今度は独創的に構築させようと、きわめて巧妙な手先を駆使して、だが、いかにも真実を懸命に呼号しているふうな意思をはらませながら、こうして始まってゆく、ちょうどみぎわの浅瀬がいきなり深みへと落ちこんでいる海底に足をとられるときのように、、、それは恐怖は水中で増加され、もしくは緩和される、深い深い霧によって懸命な意思が目隠しされることによって、もうひとつの世界への出発となる。 しかし、今ここであらわになった白日夢は、夜のとばりとはやや異なる趣きをもって絵巻がひもとかれた。 孝博の言葉は、沈痛な余韻がたなびくことを少しだけ了解されたうえで圧縮され、めくられる物語の展開を流暢なものから無骨な木の節々へと、意図的につまずく純粋な要約であるべく変貌を遂げるのだった。 時計の針がひとつ動くその狭間と狭間を大きく押しひろげながら、言葉は発声器官をくぐらずひたすら脳内に打刻される。 「うちの子供のことですか、ああ、木下さんと同じくらいかな、、、えっ彼女がいるかって、どうでしょうね、あまり詮索しないものですから、、、いや、詮索するのがめんどうなもので、、、実は腫れものに触るようなものかと、、、そうです、あなたはうちの子供というより、生徒を想起させます。女生徒と飲みにいったことはありますが、それ以上ばありませんよ、、、ああ、つい口がすべってしまった、僕はただこう言おうとしただけです。『この列車に乗り合わせたのも何かの縁なら、、、どうせなら、せめてキスをしてもいいですか?』と。 そうでしょうね、こうして無言で見つめ返すあなたの目がとまどいに揺れているのはわかります、でもほんのり赤みが増しきた、それが危険を察知した本能によるものとしても、わずかに艶めいている柔らかような、それでいて張りのあるさくらんぼの弾力を想わせるそのくちびるは、いかにも未熟な性を連想させますよ。いやいや、そう想いこまされてしまうと言ったほうが、、、 僕の言葉が空包であることをあなたは知っている、、、その証拠に、、、そう、その呆れ果てたくちもとの向うに続いている先には、のど仏が待機してるとでもいった確信が、あなたを守っているようだ。お守りは、、、つまり、無音と無言を生み出している暗黒の絶対者の沈黙が、すべてであると言いだいのでしょうが、かたちあるのも、ええ、音にだって言葉にだって音像と云うかたちがあるのです、のど仏はかたちをあらわにする為に待ちうけている器官じゃありませんか。いつだって最後には震るい出されるのは、叫びなのです。誕生の瞬間から、死に到る直前まで、僕らはこころのなかで呼び続けているのです、そうしていつしかか大きな声となってかたち作られるのでしょう。 あなたのさっきまでの饒舌は不意に現れた僕の言葉によって、沈黙の絶壁に張りついてしまった。いいえ、不可能ですよ、凍りついたまま決して身動きはとれない、、、なぜなら、木下さん自身がたとえ驚きであろうとも、ためらいであろうとも、沈黙を砦としたからなのです。沈黙は言葉を放擲した、もっとも最良の反抗であり、それはしゃがみこんでで覗き見ると、あなたのあそこがすでに潤っているのを知るわけですから、、、闇の泉が満たされてゆく尊さの前にひざまずくのは文明なのですよ。 どうぞ、そのまま、氷壁のなかから見返される、その視線は冷たくとても美しい、、、」 |
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