りっちゃん




りっちゃんは、四才の女の子。

りっちゃんは、おさんぽが大好き。 お父さんは時々、そんなりっちゃんを歩かせて、さんぽに連れていってくれます。 今日も、お父さんは、りっちゃんにいつものように靴をはかせながら

「今日は、だいじょうぶか?すぐに戻ってくるのはイヤだぞ」

と聞きました。りっちゃんは、さんぽに行けるうれしさばかりで

「だいじょうぶ。だいじょうぶ」

お父さんの言うことをあまり聞きませんでした。お父さんは、りっちゃんをうしろからささえるように、ゆっくり、ゆっくり歩かせました。しばらくすると、りっちゃんは立ち止まりました。

「どうした?えらくなってきたのか?」

とお父さんは聞きました。りっちゃんの顔がだんだん赤くなってきて、泣きそうな声で

「お父ちゃん、ウンチしたいよー」

お父さんは

「やっぱりか。くるときにだいじょうぶって言ったくせに……」

言いながらりっちゃんを抱きかかえ、走って家に戻りました。 りっちゃんは、いつもさんぽに出るとトイレにいきたくなるようです。





りっちゃんは七才の女の子。

りっちゃんは、おさんぽが大好き。でも、りっちゃんは一人で立つことも歩くこともできません。りっちゃんは生まれた時、脳性小児マヒという病気になってしまったので、自分では何もできません。 でも、りっちゃんはそんな病気には関係なく、すごく明るくて、かわいい女の子です。 さわやかな風が吹いて、あちこちの空には色とりどりのこいのぼりがおよぐ春の日です。 今日も、お父さんは、りっちゃんにいつものように靴をはかせました。 りっちゃんは、ルンルン気分です。一人で外に出られないりっちゃんにとって、お父さんとのさんぽは 楽しみのひとつなのです。お父さんはりっちゃんをうしろからささえるようにゆっくりゆっくり歩かせました。村はずれのみちばたまで来たときのことです。前から、りっちゃんと 同じ年ぐらいの女の子三人が歩いてきました。ひとりの女の子が、りっちゃんの方を指さして

「あの子、おかしいんだよ」

と言いました。ほかの二人の女の子も

「ほんとだ。おかしいね」

三人はりっちゃんを見て笑って走っていきました。 りっちゃんはすぐにお父さんに聞きました。

「わたし、おかしい?どこがおかしいの?」

お父さんはりっちゃんを田んぼの土手に座らせ、 自分も横に腰を下ろしました。そして首を横に振りながら言いました。

「りつ子はどこもおかしくなんかないよ。字だって読めるし、父さんや母さんの言うことも ちゃんとわかってる。ただ、おまえは歩けないし……。みんなと歩き方がちょっと違うだけだよ。 でも、これだけ一生懸命歩く練習をしているんだから、きっと歩けるようになるよ。父さんはそう思ってる。 だから、がんばって歩く練習しよう。さぁそろそろ夕方になってきたから帰ろうか。父さん、腹へってきたよ」

りっちゃんは、目にいっぱい涙をためていました。そのあと、ニコッとして

「わたしも、おなかすいてきた」

と大きな声で言いました。

いつの間にか空は夕焼けに染まって、一番星が光っていました。





りっちゃんは、十二才の女の子。

りっちゃんは海を見るのが大好き。でも、りっちゃんは一人で立つことも歩くこともできません。だから、外へ出る時 車椅子に乗っています。りっちゃんは、 イヤなことがあると海を見たくなるのです。 夏のある朝、りっちゃんは一人で車椅子をこいで、海を見に行きました。前の日、りっちゃんが可愛がっていた手乗り文鳥のチッチがどこかへ逃げ出していなくなってしまったからです。 りっちゃんは車椅子で堤防への坂を汗をかきながら上っていました。すると、うしろから

「押してあげようか」

と車椅子を押してくれる人がいました。やっと堤防へ上がってふり向くと、青いトレーニングウェアを着た少年が立っていました。 「ありがとう。重かったでしょ」

なんだか恥ずかしくて、りっちゃんの声は小さくなってしまいました。日に焼けた彼のひたいには汗のつぶが光っています。

「いいんだよ。トレーニングに来たんだからもっともっと重くても平気さ。ちょうど良かった、君を手伝えて。ところで、君、何しに来たの」

と聞きました。りっちゃんは

「わたし、海が好きなの。イヤなことがあったりすると海を見たくなるの」

と言いました。彼は

「ぼくも海が好きなんだ。でも、ぼくと君とは反対だ。いいことがあると海に報告しに来るんだ」

しばらくの間、二人はだまって海を見ていました。

「イヤなことって、何があったの?もし、よかったら聞かせてよ」

と彼はりっちゃんに聞きました。急に、りっちゃんは手乗り文鳥のチッチがいなくなったことを思い出し、悲しくなってうつむきながら、そのことを話しました。彼は、りっちゃんのうしろに立つと、両手でりっちゃんの肩をぽんぽんとたたいて

「心配しなくてもそのうち帰って来るよ。君がそんなに可愛がっているんだから。それに鳥だって鳥籠ばっかりじゃなくて自由に外を飛びたいときだってあると思うよ。君だってこうして海を見に来てるじゃないか。きっと帰って来るよ」

と言いました。りっちゃんは、うしろむきになって彼の顔を見ながら言いました。

「そうだよねぇ。チッチだって空を自由に飛び回りたいときもあるよねぇ。絶対、帰って来るよね」

彼は、りっちゃんを安心させるように大きくうなずきました。

その日の夜、チッチが帰って来たのです。 チッチが帰って来たことと、彼に会えたことの嬉しさで、りっちゃんはあったかな気持ちになれたのです。





りっちゃんは十八才の女の子。

りっちゃんは、ひとりで立つことも歩くこともできません。でもりっちゃんには「電動車椅子」という強い味方ができたのです。電動車椅子は、レバー一本で自由自在に動 くのです。どんな坂でも上れる車椅子です。どんな砂利道でも走れる車椅子です。これで、りっちゃんはひとりでさんぽにもいけます。海を見にも行けます。デートにだって行けます。 そう、きっと海の向こうの国にだって… 。



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