東京都知事であり、作家である(本人的な順序は逆だと思うが)、石原慎太郎が製作総指揮ということで話題になっている作品を見てきました。
大東亜戦争末期、鹿児島県・知覧の特攻基地の近くに軍指定の食堂を構えていた女将、鳥濱トメ(岸恵子)の視点で特攻隊として若い命を散らしていった兵士たちの姿を描いています。 徳重聡・ 窪塚洋介・ 筒井道隆が演じる3人の兵士のエピソードを中心として構成されていますが、誰か1人に重点を置くというよりは、あくまでトメさんの視点から外れないように進行されて行きます。
エピソード一つ一つは短く、ショートストーリーの組み合わせといった感じで最後まで進むのですが、もうね、そのそれぞれの話の度に涙が止まらないのですよ。(´;ω;`)
実話を元にしているフィクションなので、各エピソードはどれも戦史などをよく読む人なら聞いたことがあるような話ですし、演出や展開もベタベタなのですが、だからこそ心に突き刺さってくるように痛みました。中盤で女学生たちが血書で日の丸を作り出すあたりから何かが大きく狂い始めたと感じだし、日常のシーンでも辛かったです。
題材的にどうしてもお涙頂戴的な演出になってしまう部分は仕方ないと思うのですが、これを観て何とも感じない人は人間的にどうよ、日本人的にどうよという気になってしまいます。それでも「あの石原慎太郎が関わった映画」とハナから否定的なフィルターで観始める人にはそういう映画にしか見えないんでしょうねえ・・・。
と、ひとしきり泣いてみた所で、映画としてどうだったかを少し考えてみます。
まず冒頭、石原氏がトメさんに出会っていろいろな話を聴くことができて云々というメッセージが流れます。これはちょっと微妙かなあ、とおもった。書籍の1ページ目に書いてあるような内容なのですが、映画の演出的にはどうかと。無くしてしまうか、やるなら思い切って石原氏の手書きの方がよかったかも。
先に、「トメさんの視点で」と書きましたが、兵士の中の中心人物である三人に主役を取られてしまわないようにという構成の配慮だと思うのですが、そのせいで兵士たちの個性が弱くなってしまい、一人一人しっかり掘り下げて書ききれていない印象を受けました。これは戦争モノではありがちの問題点ではあるとも思うんですけどね。全員薄汚れた軍服で丸刈りor軍帽姿ですから誰が誰だか分からなくなったりするんですよ。
濡れ場は無し・・・いや、エロくしろと言ってるのではなく、特攻部隊に関わった男女が須らく若かったという事を画面で表現しているのではないかと思いました。特攻隊の男たちはみんな長身でガッシリしていました。中には小柄な兵士もいたと思うのですが、そういった人物はいませんでした。それに対し、彼らの世話をする女学生たちは全員小柄で子供っぽさを感じさせるような女の子ばかりでした。その中で筒井道隆の恋人だけが「大人」として描かれていました。これは意図的に構成したんだろうな、と。
ストーリー全体としては冒頭で特攻隊第一号ともいえる関大尉のエピソードを入れ、「特攻は志願ではなく強制だった」とはっきり言い切り、終盤では戦後のエピソードもしっかり書いてあるのはよかったと思いました。終戦ですぐに幕引きでは、「特攻隊は崇高だった」的な話だと言われかねないので、その後の生き残った隊員たちの苦悩や、占領後の価値観の激変で特攻隊員への世間の見る目が極端に変わっていったことも描かれていてホッとしました。
ただ、関大尉がしばし悩んだ後その場で命令に応じたのは伝説じゃなかったかな?朝まで悩んだ末に命令を呑んだと何かの本で読んだような気がします。
あと気になったのが「靖国」という単語。話の中盤から「靖国神社で会おう」という台詞がしばし出てくるのですが、ちょっと唐突に感じました。特攻隊員が残した日記や手紙などでもこういった記述は出てきますし、実際にこういう思いで搭乗したのであろうとは思いますが、話の流れ的にどうもいきなりに感じたんですよね。上官から「先に靖国で待っておれ」って台詞でも冒頭から挟んでいれば違和感も少なかったと思うのですが。それに、日常の会話で「靖国神社」って言うのかな?「靖国」って言わない? このあたり、俺でもそう感じたのだからライトウィングな人には違和感バリバリに違いない。
この映画で石原氏が伝えたかったのは、決して「戦争美化」でも「特攻肯定」でも「大東亜戦争正当化」「靖国神社正当化」でも無いのだと思います。特攻という戦術は決して人として許されるものではなく、戦争の是非とは別問題。しかし、隼に乗り命を散らしていった彼らは自分たちが守りたい者のために信じて飛び立っていった。だから彼らのことを犬死になんて絶対に言うなと。あす出撃の息子を英霊として拝み土下座する父親、終戦後、息子から形見に預かった日本刀で半狂乱になって木に切りかかる親父。こんな光景が日本中で繰り広げられ、戦後の占領政策&洗脳教育で「犬死に扱い」されていたのかと思うとやり切れません。
映画としてのフィクションの部分は確かにあるでしょう。しかし、この話の中に込められた様々な想いまではフィクションだと思われたくないですね。政治的なイデオロギー抜きで、真正面から観て欲しい作品だと思いました。
評価:☆☆☆☆