ガタカ (1997 /米)



「遺伝子で階級分けされる社会」。「人種差別」「部落差別」「人種差別」とは別の新しい「遺伝子差別」という訳ですか。

なんとなく銀河英雄伝説に出てきた「劣悪遺伝子排除法」を思い出しますね。

「差別」という言葉から連想されるドロドロ感は作中ではあまり感じられず、むしろ淡々と話が進んでいく印象を受けました。

これは宇宙局という舞台設定とジュード・ロウのヴィジュアル的な綺麗さが大きいのでしょうね。


しかし、遺伝子で差別される社会とはいえ、主人公ビンセントが「肉体的に不利があるので宇宙飛行士になれない」というのは遺伝子に関係なくきわめて合理的で普通な考え方だと思うのですが(^^;。

職業というのは千差万別あるわけですが、その中でも宇宙飛行士というのは肉体的にも精神的にも優れていないといけないのは良く分かる話ですよね(ナチュラルとコーディネーターみたいなものか?)。

とはいえ、ビンセントは好んで不適正者に生まれたわけではなく、一人の人間として宇宙飛行士に憧れ、それを叶えるために尋常ならざる努力をして、その必死さに心を打たれるわけですな。

物語としてのウェイトは入れ替わった2人ビンセントとジェロームの奇妙な友情がメインになって行きます。始めは契約者でしかなかった2人が徐々に「お互い無しではいられない重要な存在」になっていくのが見所です。正直なところ、ヒロイン・アイリーンや弟アントンの存在感は希薄でした(アイリーン役のユマ・サーマンはかなり綺麗なので画面的な存在感はありますが)。

全体的に見ると差別?友情?恋愛?家族愛? 一つ一つが散漫な印象になってしまっていることは否めません。
しかし、画面全体の美しさや雰囲気、ビンセントの必死さが伝わってきます。

なんというか、口で説明するのが難しい映画なんですよね。是非一度見てみて欲しいと思います。


あと、見終わった後も考え込んでしまうのが「この映画での遺伝子差別は本当に差別なのか?」ということ。

この世界では「出産前に遺伝子を操作して病気や肉体的ハンデを予め取り除いておく」ことが「普通の出産」であって、普通の出産をすれば不適正者は生まれてこないんですよね(遺伝子操作をせずに生むことを自然出産と呼んでいるらしい)。初めから産み分けが出来て、しかも生み分けをしないと不適正者として区別されていることが分かっている上で自然出産をするというのは生む側のただのエゴではないかという気がします。それで生んでおいて「お前には能力が無い」なんて言われてはたまったもんじゃありませんね。

今の時代、本当にDNA操作が行われる直前のような状態な訳で、「DNA操作」というものに未知の恐怖のようなものを抱いている現在ではビンセントの親が自然出産を選んだ事を肯定する人も多いと思うのです。しかし、この作品の世界ではそれが普通なのです。いや、遺伝子操作をするのが普通でビンセントの両親がちょっと変わっているのか、みんな自然出産を望んでいるのだが子供の将来を考えて渋々遺伝子操作をしてるのか? その辺りの説明が欲しかった気がします。

☆☆☆