アビス〜完全版



この作品ほど、劇場公開版と完全版の評価が分かれる作品も珍しいでしょう。完全版で大きく追加されたシーンは異生物の津波のシーンと戦争の歴史をバッドに見せるシーンです。正直、劇場版ではこの辺りのシーンが無いためにバッドたちの前に彼らが姿を現す理由が不明瞭になってしまっており前半の緊迫感のあるストーリーから後半の母船浮上へのつながりが不自然になってしまい、劇場公開時によく言われた、「海底版エイリアンかと思っていたら海底版未知との遭遇になって、ラストはいきなり巨大な豊島園が浮上してきたよく分からない映画」という不名誉な批評を受ける羽目になってしまったのです。

劇場版を見た人全てが完全版を見た訳ではないので、今でも「ターミネーター2への実験作にすぎない」という人も多いですし、その見方も否定は出来ないでしょう。折りしも公開時期は「デプス」「リヴァイアサン」といった海底モノが公開されたあとで、この3作を一括してまとめられてしまうことも多いです。

しかし、ラストの評価ばかりが話題になる本作ですが、海洋モノのSFとして語るべきポイントは随所にあります。一番独創的なのは肺の中に羊水を満たして呼吸するシーンですね。その10年後にエヴァンゲリオンでコクピット全体をLCL溶液の満たしてその中で操縦すると言うシーンが出てきますが、液中でも平気で話をするエヴァと違い、水中では発声が出来ないのでキーボードで会話するという設定は初めて見たときにかなりのインパクトがありました。そのキーボードでの会話ログがラストで異生物の心を動かしたという点もいいですね。

そして異生物との遭遇で船内に浸入してくるシーン。彼らは水を分子レベルで操るテクノロジーを持ち、海水を媒体にして進入してきます。
この時のCGが見事で、この技術が後に「ターミネーター2」のT1000が使用していた液体金属の描写にフィードバックされています。
異生物以外のシーンは殆どCGに頼らずにフィルムの殆どが水中撮影だったこともポイントです。

バッドたち採掘スタッフとコフィたちSEALSの対立は序盤からの見ものです。任務一辺倒の偏屈のように描かれているコフィ大尉ですが、実際は水圧から来る耐圧症状で精神的にキていた原因が大きく、それがもともとの頑固な軍人気質に拍車をかけてしまったわけなのですが、自分達がプロだとの自負が大きいコフィはその症状を徹底的に隠したために同僚の理解すら得られぬまま海底に沈んでしまいました。彼らの独自行動でケーブルを外し損ね、クレーン落下の事故を招いた際、バッドに「任務だったのだ」とほんの一瞬だけ本来の軍人としての彼を垣間見ることが出来ますが、そのシーンが最初で最後、その後は全く回りの理解も得られずただの悪役として描かれています。不憫と言えば不憫なキャラクターかもしれません。

もう一つのテーマ、離婚寸前のバッドとリンジーの関係も小型艇の浸水〜リンジーの蘇生シーンで一気に盛り上がりを始めるわけですが、
冒頭で会った早々に口ゲンカをしてしまい、指輪をトイレに投げ捨ててしまうバッドがあとで再び拾いに戻る姿が未練たらたらで情けなくも共感したりするわけですが、その指輪が基地の浸水の際にドアに挟まれた手を支え、命拾いをします。こういう小道具の使い方は気が効いていていいですね、見ながらほくそえんだりしてしまいます。

その後はラストまで息もつけない展開です。冷たくなったリンジーに必死に呼びかけるバッド、仲間がもう諦めかけはじめてもなおリンジーの名を呼び人工呼吸。心臓マッサージに電圧負荷と決して諦めない彼の想いとそんな彼を助けようとあえて自分の命を捨てようとしたリンジーの想いに心打たれます。

そして単身潜行に挑むバッドが水圧で意識がなくなりかけてきたときのリンジーの告白、彼を心配するスタッフたちの熱い絆は涙無しでは語れません。着底し核弾頭を解体した後、もう戻れないほど酸素が少ないことを悟った彼が愛するリンジーに最後のメッセージを送ります。事実上この映画のラストシーンと行ってもいいでしょう。

完全版で「実は反戦映画なのだ」ということを再認識させられるわけなのですが、劇場版でその辺りのシーンがカットされつつも2人のシーンは極力残されていた辺りにキャメロン自身が本作のどこにウェイトを置いていたのかを窺い知ることが出来ます。

それでも、もうちょっと何とかして欲しかったですけどねえ…、劇場版は(^-^;)。

評価は劇場版が3点、完全版が5点という折衷点としてこの点数にしました。
☆☆☆☆