名前と俺

世の中、ほぼ全ての物には名前が付けられています。
例えば花の名前で挙げるとすると

パンジー チュウリップ ヒマワリ ヒャクニチソウ ベゴニア

などそれぞれの花には名前が付けられています。

不思議な事に「ヒマワリ」と聞いただけで、実際目の前にはヒマワリはないのに
我々はヒマワリの姿を頭の中に思い描くことができてしまいます。
「名前」は強力な言霊を持っているかもしれません。

このことは花だけではなく人の名前にも言えるのではないかと思います。
例えば友人の名前がある日突然、全く別の名前に変わってしまった時
なんだか顔も正確も全くの別人みたいな印象を受ける事でしょう。

以上のように名前は我々にその物のイメージを与えているのです。

ここで俺はある疑問が起きました。
もし、今まで我々が慣れ親しんでいる名前を変えてしまったらどうなるか?
おそらく、その物が持っていたイメージががらりと変わるのではないか?

ふと、横を見ると車のチラシが目に入りました。
どの車も横文字の名前ばかり・・・・・・・・・・・・・・
あっ、漢字の名前にしてみたらどうだろう・・・・・・
と思い好き勝手漢字にしてみたのが↓です。

いかがでしょうか?
ボディがヒノキかなんかの木の類でできていて
菜種油で走っていそうないそうなイメージが俺的にはします。
街中で聞く会話も

「お前、車何買ったんや?」
「俺、快速飛脚や!」
「おお!!ええの買ったやん」
「でも、おまえんとこのオヤジ、大納言乗ってるやん」
「おおそうや、次は中曽根、買うって言うとるけどな」
「お前家、金あんな〜」

こんな感じになるでしょう。
最後に一言



















外国人が日本車の名前を見たら
こんな感じに見えるんやろな・・・