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DEAD END 

2002年12月第一週


12月1日

昨夜は久しぶりに甚ちゃんが姿を見せ、中学の期末試験の話をネタに森下ともども三人で飲んだ。高橋君は先輩の結婚式の二次会・三次会に出席するとかで姿はない。森下にすればマージャンできないのが辛いかも。かなりのピッチで飲み始めたこともあり、愛には家の人に迎えに来てもらった。兄貴がいたこともあり、時刻0時前後には帰宅。帰り際の愛の表情の怖かったこと。歯をむき出してドアを閉めた。

翌日、愛は早く帰った鬱憤を晴らすかのように、電車に乗って午前7時には塾にやって来たという。俺は当然のごとくスラム街のベッドでひたすら眠りこけている。

午後10時、「先生、いいかげんに起きて下さい」とのセリフ、身を切られるような冷たい声が一閃。俺は飛び起きる。自分の席に戻っていく愛の背中が見える。

教室内は中学期末試験の最後を飾る?東中の面々だけ。隣りの教室には高校生がチラホラ。そんな中、土日だけ塾にやって来る千尋がいる。志望は松阪高校理数。試験は英語と数学の2教科。ことにお家芸の数学、ねちっこい出題が特徴。先週までは期末試験対策が中心だった。数学は100点を取っていた。試験が終わった今、正念場が始まった。とりあえず三重県入試問題数学を昭和63年度分から解いていく。3番の関数ができない。ポイントは媒介変数なんだが、それ以前の簡単な問題を落とす。4番の三平方の立体図形でもこける。やり直しを指示。5番の証明問題、証明が得意とは言うが所詮は中間期末での話。受験レベルではまだまだお寒いレベルだ。試験まであと2ケ月。

古西(名古屋大学)の弟が来ている。別段、そんな大仰な修飾語はいらないがウチの塾ではそうなっちまう。外見も似ていない、性格も似ていない、生き方も似ていない。弟は三重高へ行ってサッカーをしたいそうな。去年までだったら、フットサルで東海大会2位、西郊中サッカー部キャプテンの実績にものを言わせたら推薦試験、作文と面接で合格していたはず。しかし今年から導入された中学の絶対評価に信を置けないのか、推薦にも学科試験を課すことに。つまりはウチの塾、ワンポイントリリーフ。

弟は勉強やっていればそこそこには行けただろうというタイプ。ただ声の質が違和感がある。よく響く。昨日は高1の教室でサッカー仲間の知樹と二人で勉強させた。塾の先生によく言われるが、今年のウチの塾の中3は女子ばっかりが登場するねと。なにしろ男といえば知樹一人。それもおとなしいから目立たない。それが昨日古西と二人で勉強している時の楽しそうな顔。別に無駄話を叩いてはいない。古西の分からない問題を解いてやっている時の雰囲気だ。それに対しての弟の反応、声がよく響くのだ。「分かった!」とか「よし!できた!」とかの感情の発露、生命力ありすぎるねん。こりゃウチの女の子から苦情が出るだろうなと覚悟していた。

さっそく愛とゆかりがやってきた。「古西先輩の弟さん、なんとかしてください」「なんで?」「だってやかましい」「遊んでるわけじゃないだろう」「声が大きいんです」「あんたたちで何とかしてよ」「・・・」「それに古西の弟やていうても関係ない。むしろ古西の兄貴の携帯教えたろか。あの兄貴やったら、さっそく塾にやって来て弟ボコボコにするよ。どや」「私たちはどうすればいいんでしょうか」「そんなん自分たちで考えてよ。ウチはそういう塾や。まあ、古西の弟はあんたらにとって黒船やな」 ヒクソン・グレイシーに例えたつもりが受けるわけもなく、何かもの言いたげな風情で退出。気をきかしたのか、森下と高橋君、飲む合間を縫うように隣りの中学生の部屋へ密航している。

同じ中学の裕香が生徒会副会長だった貫禄で何か言ったとか、とりあえずは静かになったとのこと。別段悪気はないだろう。ただ自分の声がよく響くということを認識すればいい。

さすが期末試験の開戦前夜、大森と直嗣が「送ってください」とやって来る。森下が西郊地区の大森を送りがてら京都に戻る。俺は直嗣と愛を乗せ、嬉野の直嗣の家のある島田から波瀬の下之世古に入り野口から白山町の川口へと抜ける。懐かしい道だ。村瀬の姉ちゃんを嬉野の家に送ってから斉藤の家がある波瀬の室ノ口に車を走らせた。それから数年後、直嗣と大森、塾から全く逆の方向で車に乗り込むとさっそくジャンケン。勝った方から回ったもんだ。あの時、直嗣と大森は津西を目指し毎晩午前2時まで勉強してた。あれから2年、再び受験の季節がやって来た。あと1年と少々でこ奴らの大学受験が始まる。

12月2日

高橋君の日記「センター数学対策10本勝負観戦記」の評判がすこぶるいい。知り合いの塾の先生方から「医者にするの勿体無いね」と大絶賛。そのことを伝えると高橋君、嬉しそうな顔をして「患者さんのカルテを書くのと同じですよ」と満点のコメント。いたずらっぽい表情で「模試の結果が返って来ましたよ」「どやった」「ははは、43でした」「いつ受けてたんや。ずっと卒業試験の勉強してたやん」「ええ、その間にね」「そりゃ大変やな!」「三重大では11名しか受けなかったようです」

高橋君は先週のセンター対策10本勝負の前半、生徒が「来週から試験があるんですけど・・・」と、試験をすることに躊躇すると「試験が何や!」と意に介せずプリントを生徒の机に置く。

「やっぱり生徒たちに試験を強いていますからね。たとえ卒業試験の最中であろうと、全国レベルの評価を下される模試は受けますよ」

越知のHPを質問の合間に覗き見してた。今日、越知が臨む中小企業診断士の二次試験の合格発表。試験が終わり発表の日まで暇だからと作ったHPだった。更新はなかった。

久しぶりの征希登場。岡山の学会から帰ってきて、さっそくの来場。3週間ぶりに身体を任せて横になる。ブランクを埋めるべくいろんな話題が飛び交う。そんなところへ電話。「はい、れいめい塾です」とは征希。突然声が和む。越知やな! 「はいはいはい、リベンジねリベンジ。先生に代わるよ」 落ちたか・・・。

わざわざ電話せんでもいいのに・・・。「先生、やられちゃいました」と、落ち込んでいる割には聞きなれた越知の声がやたら響く。そういや、こ奴も声が大きくて邦博とよくケンカしてたっけ。古い塾の2階の壁を最初にどついて穴をあけたのは越知の声の大きさに頭に来た邦博だっけ。昔はそんな塾だった。

しかしその夜、模試の偏差値の毒が効いたのだろう。高橋君、早々と家に帰っていった。

この日の大森と直嗣を深夜1時過ぎに送って塾に戻り、再びあすかチャンと愛を送っていく。走行距離は久しぶりに100kmを越えた。

塾に戻り、さっそく越知のHPにリンクした。「玉砕」というタイトルで、それまでの平和な日記とは一転、戦時下に入ったような文章がアップしていた。見得を切りたがったな、この野郎! 

   
 
12月2日
 今日は中小企業診断士試験の発表日。インターネットで結果を見た。混みあってるみたいで、なかなか合格者発表のページまで届かない。少しいらつきながら、更新を押しまくっていると、いきなりバッと番号が出てきた。すぐに自分の番号を確認する。200393。

無い。

もっかい見てみる。



無い。

確かに昨日、合格者通知が来ていなかった時点で不安はあった。しかし、実際に自分の番号があっさり飛ばされているのを見て力が抜けた。しばらくの間、僕は固まっていた。やっぱり試験に落ちた痛みっていくつになっても慣れないなとかぼんやり考えていたら、固まってる自分にふと腹が立ってきた。

・・・リベンジ。

これしかない。もう一回しっかりと自分に足りない部分を見極め、来年の勝負に臨みたい。

にしても、ほんま悔しいっ!見とけ来年、このヤローッ!!絶対受かったるからなっ!!

酒でも飲んでふて寝してりゃいいものを・・・、こんな見得を切るところが愛おしかった。始めて書き込んだ。

見得を切れ 塾頭  2002/12/03 (火) 05:46

やっぱHPを作っちまうといろいろ大変やろ。
いいことばっか書くんやったら気も楽やけどさ。
ついつい根が正直なのか、その上に付録があるのか・・・
自分に不利な状況を一番リアルに書いちまう、説明しちまう。
他人なんて聞きたくないかもしんねーのにさ。
おかまいなしでさ・・・ドラマをつくろうとする。
これってさ、やっぱプロレスの成せる技やね。
その意味じゃアンタ、かわいそうやけど俺の薫陶受けとるわ。

昨日、頻繁にこのHPに密航してきた。
俺は去年の今日のアンタからの電話忘れてへんからさ。
俺がリベンジ、好きなん知ってるやん。

そして深夜12時30分やっけ、無理して電話せんでいいのに。
今夜は更新ねえだろな・・・と思いつつ征希に身体をあずけてた。
でもさ、深夜ずっと起きてた。
そしてずっと待ってた。
アンタがHP上で見得を切るのをね・・・。
性格悪いってか?
当たり前やん、アンタの人生の師やで。

1年後の夜もずっと起きてるだろうね。
観客が多くて楽しいだろ?
だからさ、胸を張れ。
そして見得を切れ。

12月3日

中3の美希が、期末試験が終わってから始めて塾に顔を出した。美希は今年の初めの頃にウチの塾にやって来た。5教科で200点前後だった。そばについて教えるとそこそこできた。しかし一斉授業では集中力が途切れるようだった。自信を持たせることが先決だった。「オマエはやればできるよ」とことあるごとに言い続けた。夏休みあたりから徐々に伸びてきた。そして2学期中間試験で始めて400点を突破した。うれしそうだった。志望は松阪商業、正直もったいないと思った。順当なら津東、あわよくば津西まで狙えそうだった。そんなネタをふるものの、志望は変わらなかった。となると期末試験の結果次第で推薦でカタがつく。中間試験の400点突破に気をよくして期末で沈没、よくある話だった。全県模試も受けさせなかった。全精力を期末に集中させた。

表情から期末の成績が良かったことは伺えた。美希は一枚の紙を渡した。5教科で432点。「やったな!」 俺は思わず叫んでいた。

愛は5教科で489点だった。ゆかりは461点、そして由子は「書く場所を間違えて17点損した!」とえらい剣幕で成績を書いた紙を俺に手渡した。429点だった。由子も400点までが長かった。中3になって400点を突破した時のうれしそうな顔を覚えている。今、心底悔しがっている由子と同一人物とは思えない。17点なんてどうでもいい・・・かつて自分に自信が持てなくておろおろしていたアンタとは違う。アンタはタフになったよ。

中2の沙耶加と竜太が姿を見せた。沙耶加は455点、竜太は407点。さっそく中3数学に入る。式の展開から同時に因数分解、そして簡単に三平方の定理を説明する。使用教材はウィニングプラス、始めて使う教材である。これでウチの中2は12月を疾走する。式の展開から因数分解へ、そして同時進行で平方根の計算をやっつけて、中盤から二次方程式、さらに三平方へと進む。

高橋君が午後5時から始まるセンター数学対策10本勝負のラウンド6に姿を見せない。何かあったのかと心配したが、三重大学で行われた生体肝移植の手術を見学していたとのこと。

「手術は午前10時に始まったんですけどね、今回の手術は珍しく子供からお父さんへの肝臓の提供なんです。僕は前に肝移植の手術を見学させてほしいと先生に頼んでおいたんですよ。じゃあ電話するって、今日手術と聞いて昨日勉強したんですけどね。1998年に出版された本によれば日本の肝移植の手術は650例ほど、ただそのうちの500例は京都大学の独壇場なんです。今回、三重大学第一外科に京都大学から教授が来られた。その先生が執刀されたんですけど、これから三重大学は肝移植を全面に出すようですね。今日の手術は今年に入って13回目です。まあ、見学者は僕だけだったんですが、本当に勉強になりましたね。午前10時に始まったんですけど、レシピエント、つまり肝臓をもらう側、お父さんですね、このお父さんから肝臓を取る手術が始まりました。そして遅れて11時半からドナー、つまり息子さんの手術。肝臓を切り取る。レシピエントの方の手術が山場です。門脈というのが腸から栄養を肝臓に運んでるんですけど、直径1.5cmくらいの血管で、これを切断し肝臓にへばりついている下大静脈へ一時的につなげるんです。これで血液は循環します。この手術はすごかった。20分ほどだったんですけど、あれを現在医療の最先端の技術って言うんでしょうね。午後4時頃についに肝臓摘出に成功。これに時間がかかる。下大静脈なんかと肝臓がくっついてましてね、切除に失敗すると出血多量で大変なんです。この時ばかりは静寂・・・。これからドナーの肝臓と交換するんですが、ドナー側の手術はまだ終わってません。その間に食事です。何を食べたかですか? カレーです。実は僕もいただきました。手術室に戻るとそれまでの張り詰めた雰囲気と違い、「高橋君、当然ウチの科に入るんだろ?」なんてね、勧誘されちゃいまいた。そうこうしているうちに午後5時にドナー側の手術が終了。取り出した肝臓から血を抜く作業が始まります。ボールにね、氷が入れてあってそこに肝臓がある。保存液というのかな、点滴みたいなのが上につるされ、そこから肝臓の毛細血管につながってました。これは一種異様な光景でしたね。それが6時頃に完了、さっそく肝臓はお父さんの方へ。二人は隣り合う部屋で手術を受けています。切除された肝硬変の肝臓は焼肉屋でお目にかかるレバーみたいな色じゃないんです。黒?いえ白なんです。白なんですけど、ブツブツしててね・・・、あれはちょっと。先生、お互いお酒はほどほどにしましょう。え?まだ終わってませんよ、手術の時間は13時間とドアのところに張ってありましたよ。だから6時30分からドナーの肝臓をレシピエントにはめこむ手術が始まってます。予定では午後11時に終わるはずですが。僕はセンター対策の授業には間に合わなかったけど、解説だけはしようかなって途中で抜けてきちゃったんですけど」

12月5日

体調が悪い。胃なのか腸なのか、激痛ではないが、どこかしら引きつるような痛みが続いている。何も食ってないのに、何かが胃か、腸のなかにド〜ンと居座っている気がする。

いろいろと調べて、こんな時にネットは罪悪だ、胃潰瘍あたりの体験談に類似している。原因はストレスが多いようだが、俺の場合は今年の高3かいな・・・。

珍しく高1の松原と慎太郎(ともに津高)を送る。明日で津高の後期中間試験が終わる。そして俺は明日、覚悟を決めて医者へ行くつもり。臆病者ゆえに慎太郎に言っちまう。「土曜日の英語は森下がワンポイントリリーフや。そのまま試合の最後まで投げたりして・・・ハハ」 臆病者なのだ。続ける。「英単語は俺がいなくとも必ず週に2回試験しろ。ターゲット1900の最初っから800までを何度も舐めるようにやるんや」

松原と慎太郎を降ろして後は助手席の愛だけ。「一番やっかいなのは千尋や。千尋は慎太郎の姉ちゃん(香奈子)に教えさせる。オマエの兄貴を動かせればベストやけど野球があるからな。そして舞(三重大学教育学部2年)と大森兄(皇學館大学3年)を前線に据える。舞の高3生物の授業は終わったところ、動けるやろ。そして店番は大森弟と香奈子で行く。問題は小学生や、オマエどや?」「私は小さい子は苦手やから」と、あっさりいなされる。 

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