 れいめい塾発 「２５時」 1998年1月9日
これからは、この時期特有の日記形式でウチの塾の内外に起こったことを描写する。この延長線上にウチが出す広告がある。テーマは受験・・・中３と高３が、そして今年は３月25日に国家試験を控える医学部の面々・・・彼らが、いかにして受験に臨んだのか・・・。推敲の時間も十分に取れないままに時間が過ぎていく。そして俺はその媒体に併走しながら、瞬時の判断で、事実を歪曲してしまう恐れも十分承知で、それでもキーを叩く。今年の受験を後輩に残しておく使命だけが俺にキーを叩かせる。事後承諾の嵐で臨むつもり。苦笑して許していただきたい。
その日、11月30日。俺たちは久しぶりに大門の『みどり』にいた。この日突然に帰省した越知と、越知が「せっかく三重県に帰ってきたんだから」と呼び出した橋本君（三重大学医学部６年）、そして田丸兄弟（ともに医学部。兄は６年、弟は１年）と酒を飲んでいた。
話題は春休みに実施する塾の鳥羽の民宿を借り切って騒ぐ合宿のことだった。今年はケーキ投げ大会もなかったことだし、もし高３と中３が全員合格ならば皆で一晩騒ごうと決めていた。それにはウチの塾を手伝ってくれた初期のメンバーでこの春に医学部を巣立つ面々、田丸智己（兄）・北野（医学部６年）・中西（同）・井上（同）たちへのお礼の意味も兼ねていた。当然のごとく中３も高３も連れて行くから総勢70名ほどになる予定だった。かつて越知・邦博・臼井・横山など４期生が高校に合格した時の春にも実施していた。今でも語り草になるほど楽しかった。
「田丸君、彼女も連れておいでよ。俺の奥さんが会いたがっている」「えっ、いいんですか」「橋本君も彼女どう？」「すいませんね、独り身で」「北野君にも来てほしいけどな。結核のほう、いいんやろか？」「なかなか退院できないですよね」と田丸君。「退院は今年中には無理らしいですけど、あいつのことですから退院したら絶対に合格しますよ」と橋本君。
北野君は10月の末から結核の疑いがあり、明星病院に入院。入院が長引き、年内の退院は無理とされていた。
橋本君が言った、「ウチの塾は次から次へといろんなことが起こりますけど、ここ最近は平穏無事ですよね」「そやね、でも安心しとったら一発食らうわ。また、そろそろ来まっせ」 そんな会話のなか午前４時となり俺たちは退散した。橋本君の足取りがおぼつかなかった。そんな橋本君をアパートの近くまで送り、俺と越知と田丸兄弟は塾にもどり闘牌が始まった。この日は、兄弟では初の見参となる田丸ブラザーズの連携の前に一敗地にまみれた。
その頃、俺たちと別れた橋本君はアパートの階段で足を滑らし落下。騒ぎに気付いた隣人の連絡で、救急車が呼ばれ、大門病院に運ばれることになる。
事故の知らせは昼過ぎに橋本君の弟から塾へ・・・。
「容体は！」「身体は大したことないんです。しかし頭を打ったみたいで・・・」「記憶は！」「なんとか・・・でも硬膜下出血だとか」「硬膜下出血！ 俺と同じやん」
この２月がくれば５年前となる。俺が２階から飛び降りた時の病名が硬膜下出血。しかし俺の場合は脳挫傷というオマケもついてたけどな。
昼過ぎに塾にやって来た長谷川君（医学部５年）に事件の詳細についてしゃべる。結局、塾にいても落ち着かず、俺は奥さんを連れて入院先の大門へ。
最初は軽く考えていた。なにしろ俺が無理やりとはいえ、１週間で退院したのだ。『国試、絶対絶命！』さんぞと書いたプラカードを背景に、記念写真でも撮ろうか？ そしてその写真を今年の塾の年賀状にでも使おうか・・・なんて目論んでいた俺の思惑は見事にはずれる。橋本君との接見、到底ギャグでシノギがきかないような状態・・・。行き交う看護士・・・重苦しい沈黙のなかで、俺は一つの決心をした・・・酒をやめる。橋本君が事故を起こした間接的な原因は俺にある。橋本君が退院するまで酒をやめる・・・俺の生涯最初で最後の禁酒宣言でもあった。
村田君（三重大医学部２年）がサッカー部の東京遠征から帰ってきた。塾に姿を現し、俺の顔色がすぐれないことを見てとったのか、尋ねる。「何かあったんですか？」「村田君、いい臨床医になれるよ。・・・橋本君が寒暖から落ちて入院しちまった」「ええ！ 容体は？」「なんとかね、身体は打撲程度。しかい頭を強く打ったようで記憶のほうが・・・」「病院はどこですか？」「大門病院・・・」 俺には挨拶もなしで村田君は身を翻（ひるがえ）して教室を出て行った。
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