れいめい塾のホームページ 三重県津市久居 学習塾れいめい塾発 「25時」  1991年3月23日



今回の「25時」は、3月20日の津高での2群合格発表会場から始まるわけだが、その前に俺の思い出話をひとつ・・・。 今から17 年前のこと― 俺は津高の3 年だった。学校の建物はあの頃と現在はほぼ同じ。変わったところと言えば体育館ができた<らいか。あの当時でも「古い古い」と文句をたれていた校舎は今もあり、あの頃から幽霊が出ると噂されていた旧図書館もあの頃のまま・・・ 多分近い将来には重要文化財にでも指定されることだろう。ちなみにこの地区でもっとも古い校舎は津東、かつての津女子である。今もあの頃と全然変わっていないし、あの頃ですでに津高より津女子のほうが古かった。いや、風格があったと言っとくべきだろう。だから俺は生徒達に校舎の汚い学校べスト1は現在の津東であり、べスト2は津高だと言っている。逆に新しいほうでは津商業(去年建て替えた)が一番だが、公立では久居高の築8年目だろう。ただ田舎にあるために付近に何もない、見事なほどにだ。久居高1年の平松の言を借りれば「あるよ、ウチの高校にだって! 校門前に自動販売機がある!」となる次第。確かにポツんと自販機だけが立っている。これが久居高の唯一の近代化であるならば寂しい話。 閑話休題・・・17年前の10月27日。忘れもしない津高文化祭の日。一般参観の人々で賑わう中庭、今では合格発表会場となっている中庭を、俺は悪友連中にかつがれ中庭中央に位置する3m四方の池の中に落とされた。この頃、俺達の間では誕生日には池に落とすという不文律があった。何回かの指導部による警告も何のその、夏休み以降、大学入試という無言のプレッシャーの反動もあってか沈静化するキザシは見えなかった。こんな不穏な状況のなか、運命的というべきか、俺の誕生日が文化祭とぶつかったわけだ。 その日、中庭の芝生では津女子から茶道部がやって来ては野立てをしていた。緑の芝生に映える赤い布。池の回りには家族連れやツーショットが並んでいた。そんな平和な風景を切り裂くかのように俺を抱えた4 人の悪友は一直線に池を目指して突進していった。野立ては蹴散らされ、大きな和傘は倒れ、和服姿の女の娘達は逃げ出した。中庭を見下ろす北校舎と南校舎のべランダでは、巻き上がった嬌声に何事かと視線が釘付け・・・あげくほくそ笑んではこれから起こるはずの出来事に胸を膨らませ、決定的瞬間を待っていた。 俺の身体が空中に投げ出され、やがて水しぶきとともに池に沈んだ。藻が幾重にも張っているような汚い池から顔を出した俺を、池の回りの一般客は呆れたように見下ろし、べランダの在校生達は一斉に拍手を送った。

あれから17 年後の今日、俺は再びこの場所に立っている・・・。 合格発表とそれに伴うある目的のために・・・。 2群の発表は津西と津高で毎年交互に行われる。俺が塾を始めた年の発表が津高だった。しかしながら1 期生の実力ではとうてい2群を受けることのできる生徒はいなかった。そして次が3年目、石田智洋の時代である。この年には中山亜子(中2の智博の姉)と川瀬道子(中2の裕之の姉)の二人が2群を受けた。ともに合格していたものの、彼女達は底が見えない池の似合う悪タレの弟達とは違い、いたって性格の良い上品な女の娘達だった。つまりは俺の目的、彼女達では達成不可能だった。そして迎えた今年の津高合格発表。この5期生には小5から俺の生きざまを全て叩き込んできたコード1の菊山がいる・・・。この菊山により、俺のある目的は着々と実現への道を歩むことになる・・・。 俺のある目的・・・塾をやり始めた時からずうっーと「いつかやってやる」と心に秘めてきた目的・・・この目的こそが、塾というものをおっばじめたーつの動機ですらあった俺の目的・・・俺の育てた生徒を、かつての俺と同様に池に叩き込む!

このプランは1 年前の津西での合格発表の場所では具現化されなかった。邦博・横山・臼井・森下など、全くもって昔の俺を見るかのごとくの信じられないほど下品な連中が、期待通りに津高に合格はしたものの、場所は津西・・・池がなければプールもなかった。こ奴らが俺の後輩となった瞬間・・・来年の菊山で勝負だ!と心に刻んだ。最も俺のスピリチュアルな部分を受け継いだはずの男、菊山の津高合格。場所も良し、夕ーゲットも良し。御膳立ては全て整ったんだ・・・。俺は心の底から沸き上がる期待に胸を震わせていた。

菊山を池の中に叩き込む計画はすでに津高の1年の連中には伝えてあった。 また、なぜか、この計画を中3の小林が知って菊山に耳打ちしたという。しかしながら菊山は思ったという。「いくら先生でも、まさかそんなことを合格発表の場で本当にするはずがない― 」 10時30分、一時の喧騒と狂騒も下火になっていた。 確かに前田千佳子を落とした痛恨の念は収まってはいなかった。しかし、この計画だけは千佳子を落とした感情とは、また次元が違った。所詮、俺ってハード&ルーズ。俺は邦博と臼井に目配せをした。 「おい、やるぞ」「何を?」「馬鹿野郎!菊山を池に落とす例の計画さ」 邦博と臼井の目に驚愕の光が宿る。「先生、本当にこんな場所でやるの!」と邦博。「当り前だろ、バカ!」 唯一無言な馬鹿は臼井(兄)。「まあ、いいか。今日はいがいと暖かいし・・・ 」と邦博。「ああ。それに菊山もインフルエンザ完治したらしいしな。絶好調だぜ、あの野郎」「それで段取りは?」「臼井、お前は足や。邦博は左手から胴体を掴め。俺は右手から首や」 俺は菊山のほうを振り返った。2mほどのところにターゲットはいた。「おい、菊山。とりあえずは合格して良かったな」「うん」 菊山の顔が和んだ瞬間、俺達3 人は菊山の身体に絡み着いた。「うわ!やめて!本当にするの!」と菊山絶叫。「当り前だろ!バカ!俺が冗談なんか言うか!」 菊山を担いだ俺達3 人は最短距離を池へと向かった。人垣が崩れた。池が大きな口を開け俺達を待っていた。「よお、汚ねえ汚ねえ池よ。久しく待たせたな! こ奴が俺の育てた生徒だぜ!」 菊山の身体が飛んだく、この体勢上、誰かが先導役でいっしょに池に飛び込まなければならないことを、俺はかつての経験上から熟知していた。当然のごとく・・・俺が先導役を担当、菊山の首ねっこを掴みながら池に飛び込んだ。菊山はまるでスローモーションを見るかのように横っ飛びに池の水面に叩き付けられた。俺は俺で両足で着地する感しで下半身から池の中に落ちていった。池の底に俺の靴が触れた。瞬間にズルッと滑った。藻がはってやがるんだ・・・やっぱ汚ねえ! こりゃ事後処理が大変だぜ!菊山。俺は池からすばやく上がった。池の回りでどよめきが爆発した。菊山は全身ずぶ濡れで池の中央部に姿を現した。たぶん、俺もあんな府抜けた面で突っ立ってたんだろうな・・・。ウチの塾の高校生連中、横山・臼井・邦博・森下・福島などの津高1 年やら、多分学校をサボって2群の合格発表を見にやって来たに違いない依子・越知など、津西1年グループが、頭からポタポタ水を垂れ流しながら池の中で突っ立っている菊山を祝福した。 「良かったな!菊山。今日から俺達の後輩だぜ」と菊山の頭をこづく横山。ところが池から這い上がろうとする菊山を邦博が制止。「ちょっと、ちょっと、上がらしてよ、先輩!」と菊山は叫ぶ。そこへ「それ、菊山」とばかりに横山が親切そうに手を差し出す。菊山は横山の手を掴んで池から上がろうとすると、人非人の所業!突然手を離し、あわれ菊山、再び池の中へ。さすがウチの塾生! 衆人監視のもと、やっとのことで陸に上がった菊山に横山が声をかける。「さあ、高校の入学手続きをしに行こや」「えっ!こんなカッコウで」「仕方ねえだろ!合格したテメエが悪いんだ!」と俺。結局、弓道姿、つまりは袴履きの横山がはずぶ濡れの菊山を先導。菊山の行く所、人垣がいち早く崩れていく。 「千帆、今のビデオに撮ったか?」「ダメ。だって先生や先輩、突然始めるんやもん」「そうか、しゃあねえな」 そして俺は依子と目が会う。「スマンかったな。千佳子をなぐさめてくれて・・・。お前がここに居てくれて本当に助かったよ」「いやあ、もう、びっくりしたわ。千佳子が落ちるなんて・・・」「まあ、俺じゃあ、オマエさんみたいな母親は演じられへんからな」「でもなあ、あんだけ勉強した千佳子が落ちるなんてなあ」「・・・俺があかんねん」

尚美ちゃんが俺のところに駆け寄ってきた。「先生、やっぱし、ウチ、アカンかったあ!」 顔を見ると笑っている。「あのね、尚美ちゃん・・・」と、言いかけて昨夜のことが思い出される。いつのまにか、津高1 年の宮田恵理子が来ている。「どうだったの?」と尚美ちゃんに尋ねる。「いやあ、先輩。やっばり落ちました一」と弾んだ声で尚美ちゃん。俺は手を取り合っている二人をぼんやり見ていた― 。 会場を見回しても涼子の姿は見当らなかった。向井と菊山が資料を手に戻ってきて、千帆もまたビデオを撮り終えた様子。「じゃあ、そろそろ津東のほうへ行くか?」 俺達4人は歩き出した。その横を駆け抜けていく森下。「いっけねえ!ドッチポールの試合の最中なんだっけ!」

津東に着いた頃には11時を過ぎている。合格発表からはすでに1 時間を経過。掲示板の前は閑散としていた。受験番号表を手に向井と菊山が番号を捜す。「先生、太田あったわ。小林もあったし、山田さんもある」と菊山。「そうか、太田があったか!まあ、小林や智子はあるだろうな。坂本は?」「先生、あるよ。でも・・・」と向井。「美保か!やっばりないか!クソッ、やっばり内申か」「白山の女の娘も合格したみたいや」と菊山。「そうか、岩脇はあったか?学校の連中、内申くっつけたな」 俺の脳裏に塾の2階で「どうしても津東が受けたい」と絞り出すような声で叫んだ美保の顔が浮かんだ。「結局は津東を受けたなかでは一番実力があった美保が落ちたわけか・・・ 」 「やっぱり内申なの?」とビデオを持つ千帆が俺に聞く。「一体、内申いくつあれば津東に合格するの?」「千帆!大体からして84から内申持ってるお前が心配するこっちゃねえよ」 俺達は次の目的地である津工業を目指した。 毎年感じることだが、津工業の会場が一番雰囲気が悪い。いやに挑むような目をしている先生方が5人ほどイスに腰掛けてこちらを見ている。千帆のビデオに文句をつけそうなので千帆は車に残して、3人で清水の番号を捜しにいく。津工業は学科ごとに発表されている。俺は清水の第2志望、電気科に目を通す。向井と菊山は第1 志望のほうの電子を捜している。津工業は氏名まで記してあるので捜すのが楽である。俺のほうにはなかった。菊山のほうを見やるのと同時に菊山が叫ぶ。「先生、あったよ!清水、電子や!」「ホンマかいな、あんな腐った数学の奴が?」「でもここにちゃんと書いてあるよ、清水貴則って」 俺は掲示板を覗き込む。「ホンマやなあ。でも津工業も、よう、あんな奴を合格にするわ。何考えてるんやろ?」 車に戻った俺に千帆が聞く。「どうだった?」「ああ、受かってたよ」「良かった― 」「良かったかなあ?数学が腐りきった奴にとっちゃあ、津工業のそれも電子なんてイバラの道だぜ」 そしてお次は久居高校、中3と密航してきた中2を詰め込みエンジンをかける。

久居高校の前で平松が久居高校近代化の象徴?自動販売機に駆け寄ってやがる。「よお、平松!でやった?ウチのアホ共」「ああ、先生。皆合格してたよ」「そうか― 」 それでも確認の意味もあり受験番号表を手に取り、掲示板に向かう。西井と山田は当然として、確かに井戸の番号もあるし国語が12点しか取れなかったと嘆いていた八木の番号もある。平松が近づいてきて俺に言う。「先生が遅いんで、さっき塾のほうへ電話したんやけど― 」「誰か電話に出たんか?」「うん。石田先輩の妹」[涼子か!]「うん・・・ 。彼女、どうやったん?」「アカンだ。昨日の予想通りの結果や。鼻谷は合格した。そして堀さんも合格して、千佳子と尚美ちゃんと涼子が落ちた」 鼻っ柱の強さが自慢の平松、さすがに視線を落とした。さて、次は若千恐いと感じている新井の久居農林だ。

久居農林もまた閑散としている。在校生が何人かいる程度で、資料を渡す先生達は手持ち無沙汰な様子が見てとれる。ここもまた、氏名が明示してあるのが嬉しい。俺の目は畜産科の一点に吸い寄せられた。336番・新井宏明・・・あった! 「千帆!この名前のところをビデオでズームアップで撮っておけ」

12時頃に塾に戻った。平松が言った通り、涼子がいた。机に頬杖をついている。ふと、外の物音に気をとられたのか、立ち上がり窓を開ける。「やっぱり」 塾の中に入って来たのは涼子の兄、智洋。「いやあ、今日は合格発表やで、また先生が落ち込んでるかもしれないな?ってね。それで寄ってみたんだけど・・・。ははあ、先生のその顔では『また塾をやめたい』と言いだしそうな感じやな」と言いつつ、ふと涼子のほうをチラリと見やり尋ねる。「涼子、お前はどうやったん?」「落ちました」と不機嫌な顔をして涼子は言う。「そやろな」と、こともなげに言う兄。「ええ、そうでしょうよ」と妹。「お前はどうでもいいんや。僕は先生が心配なんや」 すかさず、俺は二人の会話に割って入る。「あのさあ、こんな日にこんな場所で、こんな気分の時にしょうもない兄弟喧嘩せんといてよ」

奥山と太田が塾にやって来る。「先生、通った一一」と太田。「知ってるよ、そんなこと」と俺。奥山はさすがに元気がない。「奥山、発表見てきた?」「ううん、行かへんだ」「― そうか。で、学校へは連絡したか?」「電話で・・・」「・・・そうか」「春休みは暗いぞ・・・」と智洋、誰に言うともなくつぶやく。奥山がチラリと智洋を見やる。「俺もなあ、春休みは全然外に出ていく気がせんだもんなあ。新学期に入って新しい友達ができるようになるまではシンドイし辛かったなあ― 」 奥山がじっと聞いている。涼子は依然、頬杖をついて視線は机の上の一点を見ている。いや、何も見ていないのかもしれない。俺は智洋に向かってチャカし気味に言う。「おっ!2 年目の衝撃の告白。さすが経験者は語るやね。おい、奥山、暗い春休みらしいぜ」 しかし奥山は寂しそうに笑う。

いつか奥山と太田は帰っていき、「先生。今年は大変やったけど、また新しい学年が始まるしさ・・・、頑張ってよ」 石田はドア越しに俺に振り返り、そう言い残してドアを閉めた。俺はタバコを吸い続けていた・・・。

津高の合格発表の現場にもどる。
前田千佳子はそれからどうしたか・・・。柴田依子と越知の津西コンビは泣きじゃくる千佳子を彼等なりの言い方で慰めていた。ここに邦博が加わり、千佳子を一人で帰すことに踏われ、結局3人は千佳子とともに津新町の駅まで行<ことになった。津新町の駅まで来ると、さすが奥田邦博、千佳子とともに久居にまでいっしょに帰ってあげる、と言いだす。期を見るに敏と言うべきか、全方位外交と言うべきか、邦博はそれからの学校行事をすっぼかし保護者よろしく久居駅まで戻った。この後、『マッオカ』の前で泣きじゃくる前田千佳子を柴田・弟が目撃している。

もうーつ、この日の話題を― 。
村瀬が女の娘と合格発表を見に行ったと証言する複数の声が出た・・・。村瀬といえば、どうも変なことがあった。19 日に大阪から帰ってきた俺は村瀬の家に電話をした。合格発表をいっしょに見にいく時間を決めるためにだ。ところが― 。「先生、僕な、友達といっしょに合格発表に行くから」との、すげない返事。「ああ、分かった」とは言ったものの、首をひねらざるをえなかった。 村瀬が女の娘と津高に姿を現したという証言を聞いてピンと来た!「そうか、村瀬。今までお世話になった塾の先生よりも女を取ったか!」この後になり、村瀬の「女」についていろんな証言が集まった。とりあえずはここで整理しておく。この女の娘は中学の同級生。仮にAとしておく。小学校6年のとき同じクラスになり、その気立ての良さに村瀬はほのかな思慕を寄せることに・・・。しかしながら告白することなく中学3年間を過ごし、そして2群の合格発表の段になり、ついに村瀬は告白したという。 この日、塾に村瀬のお母さんから電話がある。「先生、どうもこの度は合格させていただきまして、本当にありがとうございました」「いえいえ。彼には何も教えていませんもんで・・・。彼が自分自身の力で合格していっただけですよ」「いえ、小学校のときには全く普通の成績しかいただかなかった子です。ここまでしていただいたのは先生のお力です」「いえ、まあ、才能のあった子ですから・・・。それよりも俺は彼が女の娘といっしょに合格発表に行ったというのがうれしい!」「あれ?本当ですか?」「ええ。いやあ、まあ、いいか。みんなバラしちゃお。実はかなりの生徒が目撃していまして、何か聞いたところによると昔から彼の片思い打ったらしいんですけど、意を決して告白したらしい。結局二人とも津西に合格したらしいんです。全くもって頭に来るほどうらやましい奴です。えーと、名前は****ちゃんというらしいですよ」「あ〜ら、何度か家のほうで名前が出たような覚えがありますわ」「聞くところ、すごく性格が良い女の娘らしいですよ。まあ、彼の場合、性悪女を自分の魅力で良い性格に変えるっていうような甲斐性はないですから・・・。まあ、でも村瀬君が2群に合格したことより、俺は彼女に告白したことのほうがうれしいですね。本当に良くやったな、この野郎!なんてね」「本当にそうですわねえ、あの子が・・・」 そう言って村瀬のお母さんは爽やかにお笑いになった。

後日談として・・・ 。
この原稿を打っている時(3月23日)に高校生の悪タレ連中やって来て、ワープロの中を覗き込み、つまりは村瀬が女の娘に告白をして、なおかつ結果も良好。あげく二人共が津西に合格、4 月からはルンルンで登校できるようになったネタ。これに驚いた横山、「あの野郎!」と言いつつすかさず村瀬の家に電話。「あっ!村瀬君。津西合格おめでとう。うん、本当に良かったね。それと、いやあ、そうかあ、良かったねえ。うん?何が?って、****さんとのこと、この野郎!今すぐ塾に来いよ、2千円持ってきてね。いっしょにカラオケに行こうや。俺とチャコの海岸物語をいっしょに歌おうや! 俺達、皆で掛け声上げてやるぜ!***ちゃーん!ってね」

新井から電話。「先生、合格した」「見に行ったよ、馬鹿野郎。まあ良かったな」「うん」「これからも適当にがんばれよ。せっかく入れてもらったんやからな」「うん」「オマエって合格しても無愛想なとこ、変わんないね。それじゃあな」 電話を切るとまたすぐ電話。受話機を取ると相手は新井のお母さん。「どうもすいません。代わってって言ってあったのに息子が勝手に電話を切ってしまって」「ああ、なるほど。おめでとうございました」「本当にありがとうございます。本当に先生のおかげです」「いやあ、本人さんが、ようがんばったからですわ」「いえ。去年の今頃はウチの息子はどこの高校へも行けるような成績じゃなかったんです。本当に先生のおかげです」「まあ・・・ 、俺というよりは、高校生の横山、同級生の西井や折笠、彼等があいつを熱心に教えていましたから。あいつらに感謝してあげてください」「そうですよね、お友達にも、そして高校生のみなさんにも、よろしくお伝えください」

以上までが3月23日の段階でワープロを叩いた25 時ではある。今日は4月6日、この間、俺は「忙殺」という形容詞が決して誇張ではない生活を送ってきた。本当にいろんな出来事が起こった。それらの出来事のメインテーマは次回の25 時に譲るとして、とりあえずはこの10日間余のことをかいつまんで紹介しておく― 。

前回の3月21日分の「25時」を読まれた多数の本当に多数の御父兄の方から電話をいただいた。幾多の慰めの御言葉、励ましについては心底より感謝している次第。あげく、ウチの奥さんの心配までしていただき、1泊2日でのホテルの宿泊券をいただき「家庭サービスを」とのこと。また、元気のない塾の先生をなんとか蘇生させようと「飲みに行こや」との頻繁のお誘い、本当に感謝しております。

前田千佳子について、ひと言・・・。
あの日、俺は前田千佳子の家に電話をかけた。合格発表から5時間ほどが経過しても、今だ泣いているのが分かる声で千佳子は電話に出てきた。俺は「ちょっとドライブでもしよや」と言って電話を切った。かつて、そう今から3年前の合格発表の日の夜、2群に落ちた坂根にも同じような台詞を吐いて電話を切った記憶がある。あの夜、俺は坂根と二人、車の中から海を眺めていた。二人とも無言であり、坂根はただただひたすらに泣いていた。俺もまた泣いていた・・・暗闇の中、波の白さが奇妙に鮮やかに映えていた。あの時と同じ道を俺は泣きじゃくる千佳子を横に車を走らせた。 3年前の再現・・・俺は泣きじゃくる千佳子の肩をつかんでは叫んでいた。「お前のせいしゃねえんだ。俺が悪い!テメエが自分を責める必要はねえ。塾の先生を責めるべきなんだ。あれだけ努力をしたテメエを落としたのはこの俺なんだ!」 千佳子の顔が見えなくなる。多分、あれは俺の涙のせいだったんだろう・・・。

津西高の新入生登校日、2人の名前が何度も何度も呼ばれたものの、結局その場に来ていないらしいことを俺は後になって村瀬のお母さんから聞<ことになる。この日、不在であった2 名の欠員分が津西の補欠となった。そして・・・。
5日の午後3時。塾の電話が鳴った。冬眠中の熊のごとくノロノロした動作で俺の取った受話機の向こうから聞こえてきたのは前田千佳子のお母さんの声。「先生、たった今、うれしい連絡がありまして!」「はあ・・・」「先生、ウチの千佳ちゃん(お母さんは千佳子のことをこう呼ぶ)が津西の補欠になったらしくて」「えっ!本当ですか?」「ええ、今、久居東中の先生から電話をいただきまして」「それで千佳子は?」「遊びに行くといってまだ帰ってこないんですけど」「そりゃいいや! 本人は津西の補欠に入ったことをまだ知らないんですね」「ええ。とりあえずは御世話になった先生にとにかく連絡しようと」「・・・そうですか。本当に良かった、・・・本当に良かった」 前田千佳子補欠合格の知らせは、千佳子が知らないうちに次から次へと塾生に伝わっていく。中根千佳のお母さんと話す。「ウチの千佳が前田先輩が落ちたのがよっぼどショックやったんでしょうね。ずっとふさぎこんでいましたけど、本当に良かったですね」 柴田依子は受話機の向こう側で叫んでいた。「本当!ねえ、それ本当!いやあ、良かった。実言うとさ、私、2群に腹を立ててたんさ。なんであんなに努力した奴落とすんや!ってさ。本当に良かった!」 そう叫ぶ依子の声はいつしか涙声で途切れ途切れになった・・・。俺は村瀬のお母さんに、在宅している村瀬にあえて伝言を頼む。「村瀬君に伝えておいてください。補欠で合格した奴に抜かされる屈辱を、近い将来に味わわせてやるから、と・・・」

合格発表前夜の俺の予想は前田千佳子のウルトラ逆転サヨナラホーマーで裏切られたことになる。いつもながらこういう裏切りは大歓迎である。
3月24日、今年もまた合格発表のビデオを見ることからウチの中3 の授業はスタートした。つまりは俺の新しい一年ーマージャン用語で言うならば次の半荘。ROCKで語るならトラべリングバスに揺られる長い長いコンサートッアーが始まったわけだ。 これからの一年、俺の武器はたった一つ・・・かつて横山・兄や森下が証明して見せてくれた「ひたむきな努力をする者にこそ与えられる至高の一瞬」の光景・・・そして、今年の千佳子の奇跡を記憶に焼きつけてから、俺は再びパンクラチオンロードに乗り出す。

追伸にかえて・・・。
津高の教頭先生が全校生徒の前で言ったそうな・・・。「合格発表のとき、私は2 階のべランダからその光景を見ていました。すると、合格したのがうれしかったのか、あるいは無理やりにか、一人の生徒が池に落とされていました。学生服のままズブ濡れになり、私は風邪が流行っていたこともあり心配していました。もしかしたら今日は出てこれないんじゃないかな?なんて。今日、校門のところでその学生の姿を見受けました。ああ、風邪もひかずに元気な様子で良かったなあ・・・そう思い、安心しました」 こんな先生がいるところが津高らしいねえ。しかしながら俺はあえて言いたい!

ウチの生徒ばそんなにヤワじゃねえよ! 
今、俺は手ぐすねひいて来年のプランを練っている・・・。
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