お揃い



縁側でのんびりと、桂は午後のひと時を過ごしていた。お茶を一口飲むと、考え深げに空を見上げる。この平和は暮らしに、甘えて過ぎてはいないかと・・・



「っ!・・・あなたはいつもいきなりですね」



油断していたと言うか、ここで気を張り巡らせることもないのだが、恋人の存在に気付かないほど気を緩めていたことに、桂自身驚いた。それだけ信頼しているし、素の自分を出せる唯一の愛しい相手である。



「だって、触りたくなるんだもん!」



桂の後ろに来て、髪に触れていた。一言声を掛ければいいのに、は大抵、髪に触れるのが先なのだ。膝を付き、髪を梳かすように指を絡め滑らせる。桂の長い髪が大好きで、隙あらば髪にじゃれるのがの日課となっていた。いつまでも触れていたい。それが、一時の幸せでも・・・



「俺はに触れたいんだが?」
「えっ」
「ここにおいで・・・」



髪を撫でられるのもいいが、やはり逆のがいい。触られるだけはつまらないと、桂は振り向き、膝の上にを招いた。手からするんと髪が落ち、戸惑っているの手を強引に引き寄せる。



「こ、小太郎!待ってって・・」



力強い腕に体を支えられ、あっという間に逆転していた。すぐ目の前には桂の顔があり、今更、照れる中でもないのだが、慣れないは咄嗟に俯いた。腕の中で小さくなるが可愛くて、喉の奥で困り気味に笑うと髪に口付ける。



「俺はの髪の方が好きだ。柔らかくて心地いい」



目を細め、空いている手での髪を撫でる。しかし、肩までもない短い髪は撫でるには物足りなかった。髪を掬ってもするりと落ち、手持ち無沙汰をいいことにの頬に触れ、手の甲から指へと滑らせた。



「教えてあげようか?」
「なにを?」
「髪の手入れの仕方を・・・」



頬から顎へと滑らせた手を止めて、の顔を上げさせる。真っ直ぐな瞳に桂は困ったように微笑んだ。よからぬ思いを躊躇いそうになる。



「いいよ。めんどくさいし」



口を尖らせ、前に垂れた桂の髪を弄った。正直羨ましいけど、自分の髪がこうなるより、桂の髪だから触っていたいのだと、は恥ずかしそうに付け加える。フッと溜息混じりに桂は頬を緩めたが、困った人だとを見つめた。



「じゃ、俺が洗ってあげますよ」
「えぇ!」
「髪も、体も、念入りに・・・」



ゆっくりとに近付き、耳元に唇を寄せた。耳に掛かる息は熱っぽくて、危険信号が赤であることを告げていた。



「え、遠慮します!!そういえば、回覧板来てたから持ってかなきゃ!」
「嘘はいけません」
「うぅ・・・」
「善は急げと言いますし、今からお風呂にしましょう」



身の危険を感じて、は咄嗟にでまかせを言うもバレてしまった。嘘を付くと目が泳ぐことを桂は知っている。その正直なところもすべて愛おしく、そのままを抱き上げると、チュッっとおでこにキスをした。



「小太郎・・・」
がいけないんですよ」



そう言って、唇を優しく啄んだ。何度も、繰り返しながら・・・






平穏な日常から桂がいなくなるのは早かった。どんなことがあっても、連絡をくれていた桂からの連絡がないまま数日が過ぎた。町では辻斬りの話を耳にして、エリザベスからは心配するなと言われたけど、そのエリザベスも姿を見せない。不安だけが募っていき、眠れない日々をは過ごしていた。恐怖と喪失感に押し潰されそうになりながら、玄関前で帰りを待つことしかできない歯痒さを噛み締める。



「・・・小太郎」



膝を抱え、木戸にもたれ掛かる。何度呟いたら返事が返ってくるだろうか、何度泣いたら温かく包み込んでくれるだろうか・・・



「小太ろぅぅ、っ!」



力強い何かに、の体は包まれた。目を見開き、その存在を確かめるように腕を伸ばす。



「ただいま」
「小太郎!!」
「すまない。連絡もせず・・・すまぬ!!」



優しい声に、枯れたと思っていた涙が溢れた。桂の顔を見たいのに、涙が邪魔して歪んでしか見えない。痛いくらいお互いに抱きしめ合い、もっと触れたくて唇を重ねた。息をするのも忘れるほど、こんなにも求め合ったのは初めてかもしれない。会えなかった時間を埋めるように・・・



「っはぁ・・んんっ」
・・・」
「んっ・・・
小太郎・・・?」



とけそうなくらい甘いキスをしていたのに、が突然、腕を突っぱね離れた。



?」
「小太郎・・・髪は!」



柔らかな唇が離れ、追い求めようと桂は近付こうとしたが、の言葉に一瞬、固まった。桂が帰ってきてくれたことで頭がいっぱいだったが、背中に廻した腕に触れるものがないことに、今更ながら気が付いた。その途端、の顔が曇る。



「イメチェンだ」
「嘘・・・」



真剣な顔で桂が言うも、は知っている。桂も嘘が下手なことを、困った顔の後に真剣になるときは嘘を付いていると・・・



「お揃いだぞ。バカップルって言われるかもな」
「小太郎・・・ふぇ・っ・・・」



笑っての頭を撫でる。その優しさに、は堪えきれずにまた泣いた。そっと桂に抱き寄せられ、胸に顔を押し当てぎゅっと着物を握る。ポンポンとあやすように背中を叩かれ、耳にこそばゆさが触れた。



「・・・今度は、に教えてもらわないとな」
「へっ?」
「そういう訳で、風呂に入ろう」



back