障害



気持ちが滅入っているときは、ナニをしても手から零れる。甘味処の看板娘として働いていただが、ある事件をきっかけに、客商売で一番大切な笑顔に陰を落としていた。なので、仕事も暇を出され、宛てもなくフラフラする毎日が続いている。



「そろそろ限界・・・かも」



橋の欄干で頬杖し、虚ろな瞳で緩やかな川の流れをボーっと見つめる。心身共に疲れているのか、幸せが一気に逃げていきそうなほど大きな溜め息を吐いた。その横顔に覇気はなく、なにかを思い出すように、は重い目蓋を閉じる。



「どこにいるの・・・・・・小太郎」



頭を過るのは、恋人である桂小太郎のことばかり。連続爆破事件から小太郎と連絡が取れなくなって、新聞、テレビ、指名手配のビラ、全てを承知で好きになった相手だが、の知らないことのが多くて一人蚊帳の外、待ち惚けの日々に不安が消えることはなかった。



「小太郎の世界に、わたしは必要ないの」



巻き込みたくない小太郎の気持ちも分かっているが、好きになったときから関係者になっていることを、もう少しだけ気付いてもらえたらと、涙で濡れた瞳を開いた。水面に映る姿が揺れ、後を追うように、視界を邪魔していた涙が瞬きと共に落ちる。正午を過ぎ、橋の上は行き交う人でガヤガヤと賑わい煩いほどだが、見えない殻で包まれているかのように、の耳には聞こえず、一人の世界を作り上げていた。



「小太郎・・・
会いたい



頭を占めるのも、口から出るのも、愛する者のことばかり。消え入りそうな声に俯けば、更なる殻がを覆った。シャリンと、杖の音が近付いていることに気付くことなく。



・・小太郎
「呼びましたか?」



口にしたのかさえ、は分からなかった。頭で、心で、何度も名を呼んでいたから、返ってこない声が当たり前だったから、誰かの悪戯、でも、聞き覚えのある声には振り向く。不安と期待がせめぎ合い、ゆっくりと視線を下から上へと動かした。



「っ!・・・・・・・・こたろう」
「探しましたよ。こんなところでナニをしてるんでっ!」



僧侶のような格好だが、長い髪が風に揺れ、被っている笠を顔が見えるように手で上げた。それは間違いなく小太郎で、を探し回っていたのか、その顔には安堵と疲れが見え隠れしている。瞬きを忘れ、食い入るように小太郎の姿を瞳に映し、声なんて聞いてられずに、足は小太郎へと向った。



「小太郎!小太郎!」
「ここにいますよ。



抱き付いてきたに驚くも、細い腕で痛いくらい掴まれては、その痛みさえも愛しく、微かに震える背に手を廻した。胸に顔を押し付け、小太郎の存在を確かめるように名を呼ぶの頭を、そっと撫で落ち着かせる。



「心配、したんだから・・・・・ね」
「すみません。いろいろありましたから・・」
「いい。小太郎がいてくれれば」



見える程度に顔を上げたは鼻を啜り、クシャクシャな顔で話しづらそうに口を開くも、最後は胸に押し付けた。宥めるように、小太郎も強く抱きしめると、の髪に優しく口付ける。お互いがお互いを確かめ、いつ、また同じことが起こるかもしれないが、一時の不安からは解放された。小太郎の戦いが終わるまで、平穏など夢の話だが、、二人ならば超えてゆけるだろう。



、愛してます。俺の世界に必要な人ですからね」



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