ふわふわ
〜幸村の場合〜



ある晴れた日のこと



「ふぅ〜・・・ふかふかになった!」



敷布団を縁側の廊下に下ろすと、振り返り太陽を見上げた。手で陽射しを遮り、雲1つない空を見渡す。布団を干して正解とばかりに、は敷布団に目を移した。



「こんなにふかふかになるなんて・・・」



幸村様の布団だけはあると、納得した様子で敷布を整えるように伸ばした。日の光をいっぱい浴びた敷布団は、触っているだけでも気持ちがいい。ふわふわで温かい敷布団がを誘惑する。



「気持ちいいなぁ・・・寝たらもっと、駄目駄目!」



手のひらが離せなくなり、体を倒しそうになったところで思い留まった。首を振り、早く部屋も運んでしまおうと、は廊下に上がり敷布団を畳もうとしたのだが



「・・・幸村様の匂い・・・」



日の薫りに混じり、幸村の匂いが微かだがの鼻腔に届く。今日はお互いに忙しくて、ゆっくり会うことがないままだった。その途端、胸の奥に寂しさが募り、気付けば



「少しの間なら、いいよね・・・幸村様」



敷布団の真ん中で、丸まるように横になっていた。温かさの中で、幸村を思い出し、ふわふわの敷布団に擦り寄るように顔を埋める。柔らかく、包まれているような感覚に、そっと瞼を閉じる。



「ゆ、き・・
・・・らさまぁ



起きなくてはいけないのは分かっているのだが、体が動かず、の意思とは逆に、意識は遠退いていった。午後の穏やかな日差しの中、は深い眠りへと落ちた。






ドタドタドタ・・・

騒がしい足音が庭を駆ける。



殿ーーー!」



うぉぉぉーっと、敵将にでも突っ込んでいきそうな勢いで、幸村はを探していた。止まってはキョロキョロと首を動かし、の姿を求め、また走り出す。信玄との熱い鍛錬のあとだと言うのに、疲れはないようだ。



「どこに居るのだ・・・殿」



鍛錬のあとには、の作った団子と淹れたてのお茶を飲むのが定番になっていた。いつもなら準備万端、笑顔で「幸村様。お疲れ様です」を聞けているはずなのに、今日に限って、なにもなければ、もいない。こんなことは今までになかったので、不安を胸に、幸村は拳を握り締めた。






「はぁー・・・」



暫く探し回り、トボトボと肩を落としながら幸村は歩いている。どこかに買出しにでも行っているのかもしれないと、諦めていた。幸村には似つかわしい溜息が、何度となく吐かれる。



「ん!あれは・・・」



ふと顔を上げた先に、白い物が見えた。目を凝らし、じぃーっと見つめたら・・・



「・・・ゆあ、殿?」



止まりかけていた足が走り出し、近くまで一気に駆け寄った。探し求めていたがそこにいる。



殿・・・寝ておられるのか」



の上に影を作り、見下ろした。初めて見るの寝顔に、幸村の胸は尋常でない速さで脈打つ。白い首筋が光に照らされ、そこに掛かる髪が川を作っていた。幸村は吸い寄せられるように手を伸ばし、そっと指の背で頬を撫でる。



「っ、む
にゃ・・・」



はくすぐったそうに身じろぐと、薄っすらと唇が開く。焦ったのは幸村だった。自分のしたことに耳まで真っ赤になって、を起こしたのではと全身の毛が逆立ち硬直している。咄嗟に万歳した手がサッと下りず、きこきことカラクリ人形のように順々に下ろすことしか出来なかった。



「起きてはない?」



ホッと胸を撫で下ろしたいが、をこのままにはしておけず、誰かに見られるのも避けたかった。今、この時間を独り占めしたいと、幸村は縁側に腰を下ろして、にそっと手を伸ばす。愛おしそうに見つめると、の頭をくしゃっと撫でた。



「・・・幸
村さま



その時、の口が動き、幸村の名を紡いだ。驚いて腕を止めたが、先程のことで免疫が出来たのか落ち着いている。それには、もう一つ理由が・・・



「どんな夢を見ておられるのか」



に起きる気配がないことがわかっていたから、もう暫く、触れることが許されていた。今の自分を見たら、はどんな顔をするだろうか?眠り姫が目を覚ますときまで、『幸村様!』と驚く声を聞くまで、側に居たい。



「目が覚めたとき・・・夢の話を聞かせてくだされ」



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