Kiss
ぼんやりと覚醒しだした頭で、薄っすら目を開ける。カーテンの閉めきられた部屋は暗くて、今が何時なのか判断し難いが、閉めそこなったドアから洩れる光が眩しくて、作られたものでない自然光なのが微かにわかった。開いたばかりの目にその光は強く、ふかふかの枕に顔を埋めるように逃れると、1人で寝るには大きすぎるダブルベッドで、は寝返りを打った。
「ぅ・・・ん・・っー?」
1つ打ってもまだまだ広い。もう1つ。もう2つ。手を左右に広げて、なんの隔たりもないことに気付く。目を開ければ済む話だが、光で瞼が重かった。疑問を気にすることなく、また転がる。
「どこまで転がるつもり?落ちるよ」
「ぅん?・・・・・クロ・ロ。いないんだもん」
ベッドの端で、堤防のように支えになったのがクロロの脚だった。しがみ付くように体を丸め、もう起きていたクロロの今日の予定がわかり、さらにくっ付く。それだけで予定がわかるは、クロロの恋人である。
「危ないから、ちゃんと寝なさい」
「起きるところなの」
「なら、放してくれる?」
全てわかっているから、クロロが早起きな時はお仕事でいつ帰ってくるかわからない。だから、いつもとは逆に甘えたくなる。皆もいるし、クロロも強いから危険なことはないんだけど、1人残されて、待つだけはちょっと寂しい。ふわりと癖のない髪を撫でる手もわかっていて、いつもこうならとクロロは苦笑した。
「ゆっくりもしてられないんだ。どうする?」
「起きるって言ったでしょ・・・」
ゆっくりと離れた体はクルンと背中を向ける。寂しさと悲しさが2人の間に見えない壁を作ったが、縮めるようにクロロはベッドに膝を突くと、優しくの体を包んだ。ズルイと、頭には浮んだが、口には出さなかった。
「おはよう。」
「順番が違う」
「そうだったかな。じゃ・・」
優しい声音が耳に痛くて、膨れっ面の頬に手を添えたクロロは困ったように眉を寄せたが、いつものようにおはようのキスをくれた。触れるだけの軽いキスと違い、少し強引で目の覚めるような長いキスに、思わず、クロロの袖とシーツを掴んだ。
「ク・ロロ・・・」
「そんな顔して、オレをどこにも行かせないつもり?」
「な!・・んぅ・・」
ポワァッと力が抜ける寸前に解放され、耳まで真っ赤で焦点の合っていないに、追い討ちをかけるべく、してやったりとクロロはデコピンを喰らわせた。おでこに走った痛みに、微かな期待は壊されたが、それを望んでしまった自分が恥かしくて、さらに紅くなった。
「朝食にしよう。ココアが冷めるよ」
複雑な気分ながらも、はこうでないとと、微笑しながら部屋を出て行った。それから、朝食を済ませ。笑ってクロロを送り出したものの、退屈な日に変わりはない。
「どっか出掛けようかな?・・・そうしよう」
クロロと別れて30分。なにもすることがないし、部屋に閉じ篭ってるのも嫌なので、ブラブラしようと用意をした。
「いってきまーす」
用意といっても服を替えるぐらいで、お気に入りのワンピースに着替えて、いざ出発!とドアを開けた。
「やぁ!」
ガシュ!
「なんで閉めるんだい?」
「なんでここにいるのよ!」
開けたドアを力一杯閉めるは必死。目の前のあり得ない光景に驚き、瞬時に危険と判断したが、向こうも予測していたようで、ドアに手を掛け阻む。力比べになり、体格差からいって、不利を承知で相手を睨みつけた。
「いい目だね。ゾクゾクするよ」
「仕事なんでしょ!クロロは行ったわ!どうしているのよ!ヒソカ!」
最初はお互いが殆ど見えない程度だった隙間が、ジリジリと開かれて、人が通れるほどになろうとしていた。一瞬見ただけでヒソカとわかり、拘わるとロクな頃がないので逃げようとしたのに、の腕も限界に近いが放そうとせず、押し問答は続く。
「僕はいつもギリギリに行くんだ。だから大丈夫だよ。心配してくれてるんだ」
「誰が!なにしに来たのよ!さっさと帰れ!」
「やだな。に会いに来たんじゃないか。クロロと別れてくれないからさ」
「来なくていい!勝手なこといってないで帰れ!」
「冷たいね。愛情の裏返し」
「違う!誰が・・っ・・・!」
「僕はこんなにもが好きなのに」
傍から見れば痴話喧嘩のようだが、ヒソカの一方的な片想いだったりする。腕の限界と言い返すのに注意が反れた隙を突かれ、力任せに押し開かれたドアの勢いのまま、の体は外へと引っ張られた。バランスを崩した体勢は止められず、余裕で待ち構えるヒソカの胸に、不覚にも飛び込んでしまった。
「もう、待てないから」
「はっ・・・・ぅっ・・!」
素早く廻された腕が、腰、そして顎を捕らえ、抵抗すら与えず、目的の行為に及んだ。
「っ・・・ぅぅぅ!!!!!」
噛みつくようなキスだったのに、不快すらなく深く入り込んだ舌が、舌?舌!ヌバッと動く舌に、の怒りは頂点を超えた。ギュと握られた拳がフルフルと構えられ、確認するように大きく見開かれた瞳には、的確な軌道の先にヒソカの顔があることを捕える。それに気付くことなく、ヒソカはの唇を堪能し、手は体のラインを撫で廻していた。
プチッ!
「(・・プチッ?)」
ガゴッ!シュュューーー・ダン!
なんていい加減な効果音なんだろ。
限界のリミッターが切れたは、拳を力一杯振り上げると、ヒソカの横っ面に叩き込み、振り切ると同時に床にブチ当てた。密着してようが、自分に被害が及ぼうが、この状況から逃げられればそれで良かった。鼻先を掠り、勢いの反動で体に負担が出たものの、強力な一撃に流石のヒソカもピクリともせず、今しかないと、腕で唇を拭いながら逃げることに成功した。
ヒソカから逃げることに成功したは、あてもなく歩き、公園へとやって来ていた。言いようもない疲労感が付いて廻り、どこかベンチで休もうと顔を上げると
「・・ソフトクリーム・か」
にんまり笑って、売店へと足を運んだ。バニラ・チョコと迷ったが、ここは両方味わえるミックスにした。冗談で言ったサービスが、陽気な店屋のおじさんだったので、ほんとにサービスといって2・3巻高くしてくれた。ベンチは遠くしか空いておらず、行くの面倒と、木の木陰で休むことにした。
「いいこともあったかな。いただきます!」
ペロッと舐め、口に広がる冷たさと甘さで、口直しと言ったところである。美味しいものを食べているときほど、平和な時はない。
「美味しい!」
「せぇーの。わぁ!」
「わぁ!」
「あっ!・・・」
和んでいる傍から、またも台風はやってくる。ソフトクリームを食べ初めて三口目に、悲劇は訪れた。
「ビックリした?」
「なにしてんだよこんなとこっ・・・ぶははは!」
「はははっ!どーしたのその顔?」
の両側からヒョコヒョコと顔を出したのは、人の顔を見て大笑いの原因を作った張本人。
「ゴン!キルア!」
詫びれもせず、おなかを抱えて笑う2人に、収まった怒りが込み上げてくる。2人に脅かされた結果、ちょうど食べようとしていて、ベッチャリ顔にのめり付いてしまった。顔全体とはいかないまでも、かなり恥ずかしいことに違いはない。今日は厄日と泣きたくなる気持ちを抑えた。
「だっせー」
「あんた達の所為でしょうが!まだ食べ始めだったのに」
「そうなの?」
「そうよ。もったいないな」
左手にクシャッたソフトクリームの残骸を持ち、どうしようかと悩む。このままトイレに行くのもなんだし、なにか拭くものと小さなバッグを探した。ソフトクリームの付いたの顔をじっと見ていたゴンは、思い付いたとばかりにキルアに目配せすると、に近付いた。
「なに、ゴン。拭くもの持ってる?」
「もったいないよ」
「えっ!ちょっ」
「あぁ〜!ゴンずるいぞ!」
油断も油断。まさかこう来るとは思いもしなかった。2人は、の顔に付いたクリームを舐めだしたのだ。ペロペロとそれは美味しそうに、例えるなら飼い主の顔を舐める犬と猫。一筋も残さず、小さな舌がくすぐったくて、息も出来ずに固まった。開いてる右手は、ただ空を掴むだけ。
「美味しかった」
「そうだな。それどうする?」
「もったいないよね。・・付けちゃう?」
「やるか!」
「うん!」
「待ちっ、2人で話を進めるなぁ〜!」
数十分後
「。ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「なんなのよ・・・はぁー」
結局、2人のお遊びというか、お食事というか、ヒソカと違い、この2人に手を出すわけにもいかず、なすがまま、舐められるだけ舐められてしまった。顔だけに収まってくれたことはラッキーといえるかもしれないが、ヒソカといい。ゴンとキルアといい。なんだというのか・・・。舐められて、余計ベト付く顔を洗おうとトイレへと向った。その途中で2人とは別れたが、ナニをしに、ここへ現れたのかが不明なままだ。
「今日は厄日としかいいようがない」
バシャバシャと顔を洗い、鏡に映った顔が疲労しているのが良くわかる。これといって何もしてないのに、こんなに疲れたのは初めてかもしれない。
「もう帰ろう・・・・・ヒソカ、まだ倒れてないといいけど」
フラフラと重い足取りに、酔っ払いまではいかないにしろ不安定な歩みが人目を引き、気にしていないつもりでも、大通りから路地へと道を替えた。上手く進めばこちらのが早く着くだろうと納得し、薄暗い中を進む。路地だけあって、危ない人もうろついてたりするが、ヒソカを倒してしまうだけあり、はか弱い女性の部類には入らない。だからといって、危険がないわけではなく。
「っ!・んう・・」
いきなり十字路から現れた人影に、またしても唇を奪われた。まさか、こんなところに落とし穴があるとは、項垂れていても始まらないと、この男を放すべく腕が宙を斬った。素早く難を逃れた男は、またも知った男だった。
「イルミ・・・・・どういうつもり」
「久しぶりだから、挨拶」
「挨拶で舌まで入れてくるな!って、キスは関係ないでしょ!」
「したかったから」
能面のまましれっというイルミに、怒りが呆れに変わってしまいそうだった。今日はほんとに厄日だと、崩れそうな膝で立ち尽くしてるを置いて、イルミは何事もなく去っていく。頭が痛い。
やっとのことで部屋に戻ったは、ドアにも垂れたまましゃがみ込んだ。今のこの気分をどうしたら拭い去り、忘れ去ることが出来るのか?この事は誰にも言えないと固く誓うのであった。
それから、クロロが帰るまでは数時間。ひと目会えば、今日の嫌なことは一掃出来る。おかえりのキスに、おやすみのキス。それ以外にも・・・
「やっぱりクロロとのキスが一番好きだな・・・」
「なにか言った?」
1つのベッドに2人。後は寝るだけだが、クロロは就寝前の読書に夢中で、はベッドサイドの灯りが気になり、寝付けず顔を覗かせた。早く寝たい。寝たいんだけど、思い返せばいろいろあって眠れない。
「なんでもない。ね」
そろりと体を起こし、枕を背凭れに読書中のクロロの本を、手で覆うように隠した。そして、自分を見てというように、本の上、クロロの上に体を持っていく。鼻先数cmまで近づき、瞳が重なる。
「キスして」
「さっきしただろ」
「もう一回、ね」
「どうしたの?昨日の仕返し。それとも誘ってくれてるの?」
「違うけど・・違わない」
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