逃亡
抜き足、指し足、忍び足。首都バルカを目前にして、港町に宿泊した王の盾一行。女王アガーテの命令で、各地から集めた美しい娘を連れて帰る途中なのだが、慣れない長旅に、娘達の体を気遣い休むことになった。この機を逃がすまいと、最後のチャンスに逃げ出そうとする娘が1人。
「警備は…いない。ここまで来て、逃げ出さないとでも思った。こっちはこうなるのを待ってたんだから」
こっそりドアから外を覗き、廊下に誰もいないことを確認する。一度、中に戻り、穏やかに眠っている他の連れて来られた子達を見て廻った。待遇は申し分ないが、訳も分らず無理矢理連れて来られたのだから、良いも悪いもない。皆、同じ思いだろうが、ここまで来て諦めるようなことはしたくなくて、1人逃走を企てていた。
「よし!絶対逃げてやる!おぉー!」
気合を入れ、小声で小さく拳を突き上げた。やる気は充分。再度、廊下を確認して、さっと出ると静かにドアを閉める。第一関門は突破。次に、階段までの廊下を足音を立てずに進み、階段横の壁に張り付くようにして止まった。
「………下にも…いない」
角から顔半分だけを覗かせ、片目だけで階段の踊り場から1階のフロアまでの様子を窺う。出口までの間に人の気配はない。
「でも、慎重に行かなきゃ」
床を確かめるように足を出すと、壁伝いに背中を這わせ、1歩ずつ階段を降りていく。その間も、首は上下左右に動き、如何なるものも逃がすまいと、真剣に辺りを窺っていた。その足が何事もなく1階へと着き、ホッと緊張が解ける。
「やったぁ〜。あとは楽勝!」
「どこへ、行くつもりかな」
「きゃぁ!」
あとはドアへと一直線。足早に向った背中に、何度聞いたかわからない声がしたと思ったら、体が宙へと浮かんだ。階段まで来て、もう前しか見えなくなっていたため、2階からの死角、1階での確認をしていない。そのために、宿屋のカウンター奥から現れた人影に気付かなかった。
「また君か」
「なんなの!下ろして!」
暗がりから姿を現したのは、王の盾の1人・サレ。捕まえた獲物を前に、呆れながら前髪を掻き上げると近付いた。足の下に、どこから現れたのかもわからない風の渦に少々混乱しながらも、『また』と言われた少女・は悔しそうにサレを睨み付ける。は逃亡の常習犯で、これまでも何度か捕まっていた。
「これはボクの風のフォルス。そこからの眺めはどう…フッ」
「あっ!やだ!」
お互いの顔がわかり、初めて使われた風のフォルスに、驚いているを愉しむように見上げた。しかし、意図したものはなかったのだが、位置的に、スカートがふわりと舞い慌てて押さえたが遅くて、サレに見られてしまった。そして、鼻で笑われた。
「ちょっと!今はわぁぁぁ!」
それを見たは抗議しようと動いた途端、宙に浮いた体は不安定でグルンと廻り、上下が逆さまになった。焦ったのはサレで、落ちそうになったところで風の渦の広げたが、は気付いていない。
「ビックリした。…さっき鼻で笑ったでしょ!」
寝そべった態勢だが、立ってるよりはマシと改めて、サレに抗議した。気持ち、距離が近づいた気がするのは気のせいなのか?
「子供に興味はない」
「こ、子供!」
鼻で笑われた次は子供発言。込み上げる怒りを抑えつつ、ここは我慢とソレを利用する。
「子供だったら、逃してよ。子供が女王様の役に立てるわけないでしょ」
「そう。だなぁ…」
作り笑いが続く限り、ここを乗り越えたら自由になれるかもしれないし、逆らわず、子供を押し通した。納得したようなサレが、さっきよりも近くになっていた。
「逃してあげるよ」
「えっ?ホント」
「ただし…ボクのものになるんだよ」
サレの手がピタッと頬に触れ、輪郭を撫でる。訳が分らず、ぬか喜び状態なに、サレは笑い掛けた。手袋を通して伝わる冷たい手が、痛く感じる。
「ナニ?」
「今から調教するのも悪くないか」
「チョウキョウ?」
気付けばサレの腕の中で、顔に掛かった髪を払われ、息づかいが耳に掛かる。今の状況に、全く着いていけてないは、ポカンとサレを見ているだけだった。
「ボクが躾てあげるよ。まずは、大人になってもらおうか」
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