シュークリーム
休日。部活もなく、真田とゆっくり会えると思っていただったが、友達にどうしても付いて来て欲しいと頼まれ、午前中は買い物に付き合うことになった。短い時間だったが買い物を楽しみ、お昼ご飯を食べ、駅で別れることにした。
「それじゃあ」
「待って、付き合ってもらったお礼」
「いいよ。わたしも楽しかったし・・」
「いいから、受け取って!ここのシュークリーム美味しいのよ」
「じゃ、ありがとう。また学校で」
別れ際、シュークリームを貰った。しかし、今から真田の家に行くのだが、手土産として喜んでもらえるか不安である。歩きながら駅前広場の時計に目を向け、1時30頃には着けると足を速めた。
「早かったな」
「途中走りましたから」
「こけなかったか」
「・・な、なんとか」
部屋に通されながら、その時間さえ惜しいように言葉が出る。普段よりも真田は少しおしゃべりになり、の行動を見越し、的を得た問い掛けに意地悪な笑みを添えたりした。それに慣れないは困ったように俯き、話題を替えようと探す。
「弦一郎先輩一人、ですか?」
「ああ。皆出ている」
「そうですか・・・シュークリーム」
グルリと瞳を廻し、まだ数回しか会ってはいないが、休日だから出迎えは真田母かと思っていたら違ったので聞いてみた。相性が悪いのかと思うくらいタイミングが合わないことに、しょんぼりとは貰ったシュークリームの箱を見つめる。ちょうど部屋に着き、丸めた背中を真田に軽く叩かれた。
「どうした?それは・・」
「買い物に付き合った友達からお礼に貰って・・・先輩、シュークリーム好きですか?」
部屋の入り口で立ち止まり、シュークリームの箱を上げたは真田を見つめた。返事は予想できたけど、なにかを訴える瞳を真田に向ければ、顔を反らし、困った顔でお茶を持ってくるとを部屋に入れ、さっさと出ていく。どう受け取ればいいのか、は首を捻りながらも座布団の上に座り、コタツ机に遠慮がちにシュークリームの箱を置いて、真田を待った。
「緑茶でいいか?」
「はい」
お客様用の丸い蓋付きの湯呑み茶碗を出され、いつもと変わらないのに変な緊張がに走った。落ち着こうと、まずは一口お茶を飲む。
「っ・・・・・」
どことなくぎこちないを気にしつつ、自分の湯呑みを置き、の斜交いに真田は座った。同じようにお茶を飲み、どことなく流れる緊張の糸に気付く。
「食べていいぞ」
「えっ、弦一郎先輩は食べ『ない』・・・」
湯呑みを置き、溜め息を隠すように少し俯くと、真田は優しく解いた。犬ならば耳がピンと立ったであろう。嬉しいが、確認が欲しくて述べようとした言葉を先に、真田に拒否の形で言われてしまった。喜びから一転、は落ち込んだ。
「そんな顔をするな。欲しくなったら、食う」
「はい・・・パク!」
それに焦ったのは真田で、捨てれらた子犬のように寂しそうな瞳をされては、折れるしかなかった。急いでシュークリームの箱を開け、中から一つ取り出すと、に持たせる。拗ねた子に手を妬く父親の気持ちが、少しわかった気がした。シュークリームを前にして、は嬉しそうに口を付ける。
「っ!」
「!!」
シュークリームといっても、一口代の大きさのものだった。それを半分食べようとしただったが、ふわふわの皮の中にはまんぱんにカスタードクリームが詰まっていて、噛んだ端からクリームが零れ出る。唇の端から上唇にかけクリームが付き、持っていた左手の掌にも落ち、小さい子供が食べてるんじゃないんだからと言わんばかりの汚しようだった。自分の家ならいいが、今は目の前に真田がいるのにと右手はティッシュを探し、口の回りもなんとかしたいが、動けば落ちそうな気がして口の中のものもなくせない。とにかく拭くしかないと、箱の中にナプキンが入ってるはずと手を伸ばした。
「!?・・・・・・!!」
箱に掛けた手を、なぜか真田に止められてしまった。こんな恥ずかしい姿を見られたくないのに、混乱しかけているの瞳に映った真田が知らない人に見え、引き気味だった左手を掴まれ引かれた。真田の考えが分らず、驚きと戸惑いで見つめることしか出来ないに対し、真田はクリームの付いた手を見てからゆっくりと視線をに向ける。その瞳の奥に隠れたものを、は知らない。
「っ、弦一郎先ぱぃ・・!」
電気でも走ったように、は身体を震わせた。引こうとした左手はびくともせず、なにも出来ない5本の指は意思とは関係なくピクピク動く。視線は合ったままなのに、吸い寄せられるように重なったのは、の左手と真田の舌だった。尖った舌先が器用にクリームを嘗め取るたび、の頬を熱くさせ、恥ずかしさが全身を支配する。
「・・っせんぱい。もういぃです」
見てられなくて、臥せがちな瞼は震えていた。そんなの反応を逃がさず見ていた真田は、精一杯の拒否に追い討ちを掛ける。手のクリームもなくなり、真田の瞳はもう一つのクリームに向けられた。
「だ、だめ・・・げんいちろぅん!」
それに気付いた時には、真田の左手は頬に添えられ、に逃げ道はなかった。止めようとした言葉ごと、丁寧に頂かれる。滑る舌の感触に瞳をギュッと閉じ、自由になった右手はスカートの裾を掴んだ。それがクリームを嘗めているのかキスなのか、分からなくなったころは解放された。次から次へと起こったことにグルングルン頭が廻り、辛うじて持っていた残り半分のシュークリームも、指まで食べてしまうんじゃと思わせるほどの食べ方で食べられたが、の目に入ることはなかった。
「甘いな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・弦一郎先輩」
口直しにお茶を飲むも、甘い後味に顔を顰めた。満足のが勝っているが、流石にシュークリームは甘過ぎたようで、甘い後悔が過る。それに遅れること暫し、思考の戻ったが恨めしく名を呼ぶ。しかし、すぐには顔が見れないようで、視線は少し外していた。
「まだ食うか」
「た、食べません!」
「そうか。だが、食べるときに・・」
「思い出したりしません!」
の態度から怒っているのが分かり、に関しては今が1番扱いやすかったりする。真田の言葉に敏感で、反らしていた瞳はすぐに捕まった。手の中で遊ばれていることに気付かず、言葉に言葉で感情を出していたが墓穴を掘る。真田の思いのまま、言葉の解釈を間違えたは、忘れるにも忘れられない記憶が脳裏に甦り、瞬間湯沸し器のように真っ赤になった。
「フッ・・・気を付けろと、言いたかっただけだ」
「なっ!」
「好きにするといい。簡単には、忘れられんだろがな」
「もうシュークリームなんて、食べるもんかぁー!」
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