制服
その日は、朝から嫌な予感がしていた。まさか、こんな形で訪れるとは
「弦一郎先輩」
「っ…」
「どうですか?似合います」
振り向いた先にいたのは、愛しい恋人【】なのだが、その姿に眩暈を起こす真田であった。スカートの左右をちょんと摘み、クルリと回ってみせる格好は実に可愛らしいが、それは立海の制服ではない。見慣れぬ姿にお互いが照れを覚え、新鮮味はあるが、真田の脳裏から不安は消えなかった。
「っなんだ、その制服は!」
「似合わ、ないですよね」
「いや、そんなことは、理由を知りたいだけで」
戸惑いから、切原達同様に声を荒げてしまった。つい、してしまったことに、気付けばはシュンとなり、俯く。それに慌てたのは真田で、動揺を隠そうと軽い咳払いをし、の前では甘くなる自分に、気恥ずかしくも視線を流した。
「氷帝の制服だが、悪くない」
「ほんと、ですか・・」
花が綻ぶように表情を変えたは、嬉しそうに真田を見上げる。釣られそうになる顔の緩みに耐え、一呼吸吐いてから真田は口を開いた。
「・・で、どうしたんだ」
「えっと、幸村先輩から氷帝の偵察に行くように言われたんです。わたしも、合同学園祭で友達になった子とも疎遠になりがちだから、行きますって言ったら、これを着て行くようにって、渡されて」
「精市・・・」
「最初は断ったんですけど、弦一郎先輩も見たいだろうからって言われて」
「なに!」
「あっ!わたし、もう行きますね!」
始めは落ち着いて聞いていた真田だが、進むにつれ、幸村の悪ふざけに頭を抱える場面もあった。が、自分の名前が出たことに声を上げ、もしまったと口を押さえると、急ぎ立ち去ろうとする。
「ま、待て!」
咄嗟にの腕を掴み、早まった真似はさせられないと止めた。朝からの負はこれだったのかと、幸村が拘るとロクなことが起きないことを、真田は知っている。は利用されただけで、まして偵察など、狼の群れに子ウサギを放り込むような真似はしない。させるわけがない。止められたことに首を傾げたは、心労耐えぬ表情の真田には気付かなかった。
「弦一郎先輩?」
「行くな。行かなくていい」
「でも・・・」
「あれ〜弦一郎」
静かに、だが力強く止める真田に、は戸惑う。掴まれた腕が痛いくらいしっかりと、二人を繋いでいる。そこへ、真田の背中に優しいトーンだが、黒さを感じなくはいられない声が掛かった。
「精市!」
「あっ、どう、気に入ってくれたかい」
「どういうことだ」
「次は、青学の制服がいいかな」
「精市!」
「怖い顔だな。フフ・・いつものことか」
振り向くと幸村が、真田はを隠すように庇う。楽しそうな口調の幸村とは一変、厳しい表情の真田は、今ひとつ届かない。しれっと言ってのける幸村は流石と言ったところか、弄ばれているのが分かるだけに、真田の表情は険しくなる。
「幸村先輩・・偵察は?」
「行かなくていいよ。言ってみただけだから」
「は、はい」
只ならぬ雰囲気に耐えかねたは、真田の背から顔を覗かせた。綺麗な笑顔を作っている幸村だが、多少の怖さを感じる。いつもの真田とも幸村とも違うことに、そわそわと引っ込んだは、掴まれていた腕に手を重ねた。
「行くぞ!」
腕を引かれ、真田に着いて行く。幸村の勝ちだが、真田が負けたわけではない。複雑な背景を知らぬまま、小さくなる真田の背を見送る者がもう1人。
「幸村。弦一郎を苛めてやるな」
「苛めるなんて、人聞き悪いよ。俺はね。知らない間に、あんな可愛い子を独り占めした弦一郎をちょっとだけ、からかってるだけさ」
「ちょ、っとか」
「ちょっとだよ。それにみんなを代表して、俺が悪者になってあげてるんだよ。感謝されてもいいと思うんだけど」
「幸村・・・・・」
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