傷
部室で買出しリストをチェックしていたら、委員会で遅くなったリョーマが慌ただしく入って来た。テニスバッグを投げるように置くと、すぐにはに気付かなかったようで、少し驚く。
「あっ、先輩・・」
「ごめんね。委員会だったよね。すぐ出るから、待って」
広げていたノートやメモ帳を、掻き集めるように重ねる。テーブルを利用し、手を下に滑り込ませると、胸で抱えるように一息に持ち上げた。忘れ物がないかを確認し、急ぎ出ていこうとするを、リョーマはなぜか止める。
「先輩、待って!」
「えっ?なに」
「それ、どうしたの」
「えっ・・・」
足を止め、リョーマの方を振り向いたその顔は、少し影を落としたようだった。その変化に気付き、怪訝しくもリョーマはに近付く。真っ直ぐ見つめてくるリョーマに困惑しつつ、は顔を左に下げた。
「気付かないとでも思ってる?」
「なんの、ことか」
隠し事をしてるのはバレバレなのに、リョーマが目の前に来ても誤魔化そうと、白々しくさらに顔を左に向けた。往生際の悪いに、少々呆れながらもリョーマは口を開く。徹底的な証拠を付き付けて、逃げられないようにする。
「じゃ、隠してるようだけど、左頬の掠り傷はなに?それに、まだ少し紅くなってるし、皮が剥けてるのはなんで」
「ぅぅー。分からないと思ったんだけど、誰も気付かなかったから」
「一緒にしないでくれる。誰だと思ってるんスか?」
「参りました。リョーマ君に隠し事はできないね」
的を得た指摘に、は逃れられず降参した。怪我をしたばかりではないし、自分もじっと鏡を見て、やっと気付いたことまで言われては黙ってることなんてできない。顔をちゃんと合わしたのは僅かなのに、細かなことまで気付いてくれた恋人に驚くも、嬉しさのが大きかった。
「痛い?」
「ううん。掃除の時間だったから、そのときに、ふざけてた男子のモップの柄が当たっちゃって、て・・どこ行くの!」
傷を確かめるように、リョーマは頬に触れない位置で手を添えると、に顔を動かしてもらい心配そうに呟く。ほんとに目立たない傷だが、白い頬が痛々しく紅くなってた。そっと首を振り、事情を話しただったが、聞き終らないうちにリョーマがどこかに行こうとして、も慌てて止める。帽子で見えにくいが、その顔は怒っていた。
「当てた奴、誰!」
「えぇ!ま、待って」
ズシャ!
「あっ!」
「・・・・先輩。まったく」
リョーマを止めようと伸ばした腕から、ノートなどが滝のように落ちた。一瞬ではあるが、目の前の状況に腕の中の感覚がなくなり、無意識であって悪意はない。その状況にリョーマは溜め息を吐きつつ、しゃがんで散らばったノートなどを一緒に拾った。
「ご、ごめん!」
「業とじゃないよね」
「そんな、器用な真似できない」
「だよね」
タイミングがタイミングなだけに、リョーマは疑わしくを見るも、気が動転していて拾う手すら上手く使えてない。グシャグシャとが集めたノートをリョーマが取り、綺麗に正しながら肯定した。ほんとの事だけに、なにも言えない。は肩の力を抜くと、目の前でテキパキと整頓しているリョーマを見て、微笑んだ。
「なに笑ってるんスか」
「ありがとう」
「いつものことでしょ」
「ううん。・・怒って、くれてかな」
「はぃ?」
見ていないのに分かったのか、リョーマはちょっと顔を顰めた。それでもはお構いなしに、素直な気持ちを伝えると、帽子で顔を隠したリョーマが軽く笑う。でも、その意味はいつものことではなくて、怪我したことを真剣に心配してくれたからで、リョーマのその気持ちがなによりは嬉しかった。気づいてないリョーマは、わからないと顔を上げ、疑問いっぱいな顔をに向ける。
「いいの。ありがとぅ」
「ぁ」
上手く伝わらなかったことに、再度説明するには恥ずかしいし、サッと解決する方法はこれしか思い付かなかった。乗り出した身体を軽く手で支え、そっとリョーマの頬にキスをする。それには、たくさんのの気持ちが詰まっていた。
「こういう時は、唇でしょ」
「えっ・・・リョーマ君?」
「やり直し」
下がろうとしたの肩に、リョーマの腕が掛かる。近い距離での上目遣いと、もう片方の手がの顎に掛かり、親指が唇に軽く触れた。戸惑うの頭はパニックになるも、絡まった線が一つになって答えが弾き出せれる。
「ま、待って!もしかして」
「どんなに心配したか分かる?唇じゃ足りないけど、ここ部室だし」
「あの・・えっ」
「だから、早く・・・・・・頂戴。」
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