甘え上手
テニスの練習が早く終わった土曜の午後。越前は桃城達のファーストフード店に寄る話を断り、合同文化祭以降付き合いだした恋人。青学二年のと二人、帰る方向が違うのに並んで歩いている。珍しいことではなかったが、リョーマの家に直接向かうのは、初めてであった。
「楽しみだなぁー」
「そう」
前々から何度も話題になり、約束しては延びていたカルピンを見せてくれるが、今日、実現する。
「なんて鳴くんだっけ?」
「今から聞けるよ」
嬉しそうに歩くに歩調を合わせ、見てるだけ、聞いてるだけでリョーマも楽しくなった。でも、何気ない振りにリョーマは意図を読んでか、素っ気なく返すと、続けて畳みに掛かる。
「そう何度も、真似はしないから・・先輩と違って、ね」
「う〜・・・」
笑って言われ、真実なだけに返せず、リョーマの鳴き真似が可愛かったからしてもらおうとの思惑は、見抜かれていた。いつも一歩、リョーマに適わず、一歳の差はもはや意味がない。負かされ、拗ねた表情を横目で見送ったリョーマは、二、三歩離れたところで立ち止まり
「ホァラ」
「えっ」
聞き間違いではなく、確かに聞いた。リョーマの飼い猫・カルピンの特徴的な鳴き方。照れ隠しで早くなった歩幅と少し丸くなった背中が可愛くて、は嬉しさを隠しきれない。弛む頬を堪え、リョーマを追って、並んで歩く。
「先輩。顔、弛みっぱなし」
「そんなことないよ」
「あるけど、自覚ないんだ。まぁ・・いいけど」
すぐ顔に出てしまうを見て、呆れた素振りを見せながら、なんだかんだでリョーマも嬉しそうだった。
「待ってて、連れてくるから」
「うん」
リョーマ宅に着いて、部屋に通された。落ち着く暇なく、リョーマはカルピンを探しに出てしまい、とりあえず座る。初めてのリョーマの部屋。でも、男の子の部屋自体、初めてだから緊張していたが、特別変わった物なんてないんだと、辺りを見渡した。テニスのトロフィーが無造作に飾られてたり、ゲーム機が転がってるところを見ると、老成てるように見えるが、まだまだ中学生なんだと思う。
「あっ…カルピン」
下からリョーマの慌てる声が聞こえ、同じく、コトコトと足音が近づいてるのが分かった。立たずに、そのまま手を使いドアも近かったので動くと、中途半端に開いていたドアの隙間から、灰色がかった白いフワ玉が飛び込んできた。
「ホァラ〜」
「キャ!…」
驚いてるをよそに、カルピンはの膝に擦り寄っていた。のんびりとした声で何度も鳴くと、構ってほしそうにに瞳を向ける。写真で見たまんま、聞いたまんまのカルピンに、の心は擽られ、気が付けば
「先輩!カルピ・・・」
「リョーマくん」
手から擦り抜けたカルピンを探しつつ、部屋に来たリョーマは言葉を詰まらせる。そこには、の膝に乗り、気持ち良さそうに背を撫でられているカルピンの姿があった。始めて会った相手に、いきなりここまで懐くとは正直、リョーマも驚いている。
「カルピン・・・」
「ほんと可愛いね。人懐っこいなんて言ってなかったから、驚いちゃった」
「ホァラ〜」
「俺も、知らなかった」
部屋に来てからずっと、カルピンはの膝から下りようとしなかった。頭を撫ぜられ背中、喉を鳴らしては甘えた素振りで擦り付く。と話はしているものの、カルピンが気になって、カルピンがを独り占めしているように思えてならない。
「カルピン、おいで」
「ホァラ」
「懐かれたのかな?」
カルピンに手を差し出し、おいでおいでをしたが、プィッと顔を反らし、に擦り寄る。その態度にリョーマは、最終兵器なるお気に入りねこじゃらしを使う決意をした。猫にやきもちなんて、妬いてしまったものはどうにもならない。
「リョーマくん。それ」
ピクッと、カルピンの反応が変わる。耳をピンと立て、目をルンルンとさせ、揺れるねこじゃらしに釘付けになった。リョーマの作戦は見事成功し、カルピンを部屋の外へ連れ出し、ドアを閉める。
「ホァラ〜!ホァラ〜!」
「リョーマくん?」
締め出されたカルピンは、ドアをカリカリ掻いては鳴き続けた。しかし、リョーマに開ける気配はない。も、遊ぶんだと思って見ていたので、少し固くなり、カルピンを独り占めしていたことを反省した。
「ごめんね。カルピン独り占めしちゃったから、あんなに懐かれるなんて思ってなかった」
「・・・先輩」
リョーマを気遣い謝るに、お互いの勘違いはこの際、捨て置くことにし、リョーマは意地悪な小悪魔へと変わる。
「カルピンばっかり、ずるい」
ゆっくりと振り向き、俯き前髪で目を隠しながら、口の動きと声だけで寂しさを出した。近付いて、座ったと思わせ手を付けば、四つん這いのまま動き、その距離は計算されてたかのように、の顔の前だった。前髪ではっきりと見えないリョーマの表情に、は目を伏せる。
「先輩・・・今度は、俺が甘える番、ね」
「えっ!」
顔を上げると、目が合った。それはさっきまでのリョーマではなくて、意地悪にも笑っている。の目には、猫ではなく、狼の耳と尻尾が生えてるように思えた。驚いているの耳元に、リョーマの息が掛かる。
「大丈夫。その後は、先輩が甘える番だから」
「な、なっん!」
「それとも、先がいい?・・決めさせてあげる」
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