2月16日



なんて運が悪いんだろう。
明日がどんな日か、風邪のウィルスは知らないんだ。



「・・・チョコ、渡したかったな」



ベッドの上でぐったりと、はアイスノンに頭を預け、額に貼ってある熱冷まシートを気だるい手で交換した。不摂生な生活をしていた訳でもないのに、ひくときはひくものだと、やり場のない悔しさが込み上げる。あと1日待ってくれていれば、机に置かれたままの袋に目を向け、本当なら今頃、キッチンに立っていたはずなのに、日の目を見ることのない材料たちはひっそりとしていた。明日は2月14日【バレンタインデー】。大好きな人が出来て、初めてのバレンタインだったのに、こんな目に遭うとは思ってもいなかった。初めてだから、初めて好きな人に渡すチョコだから、気合が空回りし過ぎて、この結果になってしまったのかもしれないと、は苦笑したが、寂しさが残る。



「ごめんね。・・・・・リョーマくん」



怠い身体が、更に重くなったのを感じた。まだ寝るには早い時間だが、薬の所為か瞼が自然と落ちる。頭の中はリョーマでいっぱいなのに、の意志は深い眠りへ向う。リョーマには、メールを送っておこうと開かれた携帯は、そのまま使われることはなかった。





2月14日 放課後。



「おぉーい!越前」
「桃先輩」



テニスコートに向うリョーマを見つけた桃城は、大声で呼びつつ走った。胸いっぱいに抱えた物を、両手で落とさぬよう気を付けながら、満面の笑みで近付いて来る。今日の話題は1つしかない。話が見えたリョーマは、少し憮然とした表情になった。



「見てくれよ!大量だぜ!」
「・・・あげる」
「えぇっ、おぉ!」



やはりと言うべきか、チョコの数を自慢気に見せる桃城に、表情1つ変えず、両手に持っていた数個の紙袋を投げるように押し付けた。いきなりの攻撃に多少慌てるも、持っていたチョコから紙袋まで落とすことなく受け止める。



「負けた・・・」



手にしただけで、その量がわかったのか、ガックリと肩を落とす桃城を他所に、空いた手をジャージのポケットに突っ込み、リョーマは部室へと歩いて行く。その背に、慌てて桃城が叫んだ。



「っ貰ったんだろ」
「欲しい人から貰ってないから、他のはいらない」
「お前なぁ・・・・・・そういや、風邪で休みだったな」



あげた相手が聞いたら怒りそうだが、サラッと言ってしまう辺り、リョーマらしいと桃城は納得しそうになった。話の相手に気付き、思いだしたように、違うクラスの生徒が話していたことを話した。とクラスは違えど同学年だけあって、その手の情報は入ってくる。



「俺・・・知らないから」
「おい!越前!どうすんだよ。これ!」



昨日から、からの連絡はない。休むにしろ、なにかあってもなくてもメールをくれるのに、なぜ今日に限って来ないのか、他人が知ってて自分だけが知らないことに、リョーマの機嫌は悪くなる。拗ねた子供かもしれないが、立ち去るリョーマに残された桃城は、大量のチョコを抱え、後を追い駆けた。





そして、16日。



「いってきます・・・」



眠そうな顔に欠伸まで付けて、テニスバッグを肩に掛け直すと、リョーマは玄関を出た。両手はポケット、目深に被った帽子で視界が狭いのも関係して、人影に気付かなかった。



「遅い!」
「えっ!せ、先輩!」



突然の一声に、眠気も覚め、リョーマは目も口も大きく開いたまま、相手を見て驚く。風邪をひいてるはずの、がいた。風邪の所為か、寒い中待っていたからか、頬が紅くなっている。経った2日なのに、とても長く会ってない気がするのはなぜだろう。



「朝練始まってるよ」
「なんで」



口を尖らして、の頬が紅いのは怒っているからかもしれない。病み上がりのはずなのに、待ち伏せなんて、の行動は出会ったときから変わってないと、改めて思った。嬉しい想いを隠し、リョーマは平然と言葉を返しす。



「昨日も一昨日もメールしたのに、返信返って来なかった!」
「電源切ってた」



最初は驚いてたリョーマになんとなく安心していたが、素っ気ない態度に、の中で焦りが膨らんだ。メールをしても返信がなかったから、口にはしないが電話もしていた。しかし、一昨日から電源が切りっぱなしだったとに、ショックだが、それだけリョーマを傷付けてしまったのだから仕方ないと、は気持ちを割り切る。



「怒ってるのは、わかるよ。でも・・・ぁ、っ」



詰め寄るわけではないが、は気持ちと行動がごっちゃになって、なにを言いたいのか、いまいち出て来なかった。複雑な想いがグルグル頭を回り、ここに来た目的だけは果そうと、苛立ちを抑え、は手を出した。



「あぁーの、あれっ・・・・・・もぅ、はい!」
「っ!」



俯き、震える手が恥ずかしい。リョーマの胸に押し付けられたそれは、市販のではあるが、綺麗にラッピングされた小さな箱だった。



「バレンタイン、過ぎちゃったけど・・・来年は絶対、手作りチョコ渡すから」



声が少し震えていたし、俯いててもわかるくらい顔が紅くなっていた。こんな形になってしまったけど、の伝えたかった気持ちは来年もずっと、リョーマといたい。それが言いたかった。



「・・・ありがと」
「あっ・・・」



そっと箱を受け取ったリョーマは、これまで、と言っても、合同学園祭から半年足らずだが、見たことない笑顔で含羞んだ。思わずまでつられそうになったが、受け取ってもらえたことに照れ隠しから話を逸らす。



「・・・貰ったでしょ。いっぱい?」
「あげた」
「えっ?」
「桃先輩に・・・・・・欲しいのじゃなかったし」
「リョーマ、くん」



ドキドキと胸に手を当てていなくても、鼓動の速さがわかる。今日はリョーマに会ってから、いろんな意味で心臓に悪い。話を逸らしたつもりが、3倍返しで返って来たような、口にし難いことをサラッと言われては、打つ手なんてなかった。



「ねぇ。先輩」



チョコを嬉しそうに見つめていたリョーマは、ふと、に瞳を向けた。悪戯っ子の笑みが、ゆっくりと近付き



「もう1つ、貰いたいものがあるんだけど」
「なっ・・・ん」



言葉を返す前に、呑み込んだ。一瞬だったが、触れた感触に瞳をギュッと閉じる。開いても、近い距離にリョーマがいることに変わりはなかった。



「風邪、移ったらどうするの!」
「また、先輩に返す」
「リょ・・・っ」



治ったと言え、病人だったことに変わりなく、軽はずみな行動にマネージャーとしては注意する。自分の所為で、リョーマが風邪をひいてしまっては、周りからなにを言われるかわからない。しかし、リョーマはお構いなしに、今の気持ちのまま、に口付けた。



「これでいいんじゃない」
「いいわけないでしょ」
・・・」
「っ」
「・・・大好き」



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