眼鏡



土曜の午後。テニスの練習も早く終わり、金曜の午前中から耳にタコが出来るほど、煩く言われていた数学の勉強会が行われていた。首謀者はで、参加者も1人である。苦手な数学の宿題を出され、月曜の初っ端1限目から解答の順番が当たるという、逃れられない状況にいた。なので、数学の得意な忍足に教わりに来たのだが



「侑士って、なんで眼鏡してるの?」



始めて1時間。自分が当たる問題が終わり、半分は出来たという頃、数字の羅列に飽きていたのか、小さなテーブルを挟んで向いの忍足に、疑問符を投げかける。もう数学はどうでもいいのか、全く関係ないことに興味は移っていた。シャーペンすら投げ集中力の切れたに、本当ならばもっと違う、楽しいことをして過したかったのにと野暮なことは、この際置いておいて、に付き合えば、腕次第でどうにでもなる。



「似をてるやろ。眼がね」
「眼鏡だよ」
「あっ、こら。いきなり外しなや。」



頬杖を付いて興味津々と見ているに、忍足もシャーペンを置いて、問いを返した。関西と関東、イントネーションの違いを指摘されつつ、悪戯っ子な笑みに見惚れていると、眼鏡を取られた。急なことに、反射で目を覆い隠す。



「返し」
「伊達眼鏡なのに、なんで?」



もう片方の手を出し返すようするも、眼鏡を珍しそうに見ながら度が入ってないことを確認すると、掛けた。眼鏡っ子になり、首を横に曲げ、可愛く聞き返す。



「ホンマ可愛いなぁ」
「侑士」



見惚れている侑士に、いつもの眼鏡がないせいか恥かしくなる。眼鏡1つで人の印象は変わるもので、お互いに新しい発見があり、また惹かれていく。耐えれなくなったが咳払いをすると、気が付いたように口を開いた。



「せやな。俺って、かっこええやろ。自分でゆうのもなんやけど、いけてるやん。他の男子に悪いし、女子が騒ぎ過ぎても困る。せやから、眼がねで少しでも隠してるんやでぇ…あぁ!」
「な、なにも」



自画自賛というべきか、真面目に聞こうとしたが耳を塞ごうかとしていた時、忍足らしからぬ最後の叫びに、自分の行動かと思い謝りそうになった。驚いたが、驚いているのは忍足の方だった。



「(なんで今の今まで気付かへんかったんや!こそ、眼がねで可愛さを抑えやなあかんかった!そうしてへんから、いらん虫が寄って来るんや!俺としたことが、しもた!)」
「侑士?大丈夫」



驚いたまま、止まってしまった忍足を心配して見つめるも、どこか別の場所に飛んでいた。目の前で手を振るも反応なし。手を掛け揺すろうとした。その時



!明日から眼がねしょ!」
「へぇ?やだ」
「やだ(可愛いやないか)って、よう聞きや。眼がねしてへんだからな、余計な虫が集まって来んねん。眼がねさえしてたら、そないなことなかったんや。俺の前だけ外してくれたら、それでええから」



止まっていたのかと思えば、両肩をすごい勢いで掴まれた。テーブルがあるというのに近付いた距離に、思わず手を構えてしまう。忍足はかなり真剣なんだけど、言っていることがよくわからなくて、素直な言葉が紡がれる。



「今から掛けても、意味ないと思う」
「はぁ!せやった!もぅ3年…なんで早よ気付かんかったんやろ。せや…高校から掛けよ」
「やだ」



浮き沈みの激しい、普段では見れない忍足に楽しくなる。自分のために一生懸命なのはわかるけど、だからといって、はいはいとは聞けない意志もある。それがストレート過ぎるのか、忍足にダメージを与えていた。終ったと項垂れる姿を可愛く思いつつ、眼鏡を外して忍足の前に置いた。



「眼鏡って嫌いじゃないけど、掛けたくない」
「俺がこんなに頼んでんのに、我が儘やな」



これが本心。でも、我が儘発言にカチンと来て、眼鏡を取り、また掛けた。ツンとそっぽを向き、言い返す。



「どっちが?」
「眼がね返し」
「もう少しだけ」
「似をてるのにな」



降参の意味を込め、侑士は手を差し出した。これ以上長引かせたくはないし、には弱い侑士であった。その手にが手を置くと、軽く握って笑う。それが広がりも笑った。



「侑士程じゃないよ」
「そんな事ゆうてると、ちゅ〜するで」



握り合った手を引くように、2人の距離は縮まった。いつもと違い、眼鏡が気になる。



「どこがちゅ〜なのよ」
「顔、紅なってんで、もしかして、感じた」
「侑士のバカァ!」
「ちょ、待ち!眼がね!眼がねがぁぁぁぁぁー!」



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