帰り道
時計に目を向け、テニスコート側を気にしながら校門の前を行ったり来たり。氷帝の生徒なのだから中に入ればいいのだけれど、多少のズレを考え、行き違いになることを引けば、こうして待ってる方が効率は良かった。それに、テニスに打ち込んでいる恋人を待つのは、嫌いじゃない。そして、待つこと数分。帰って行く生徒とすれ違う数が多くなりかけた頃、その中に、息を切らせ一目散に走ってくる姿を見つけた。その瞬間が好きでもある。
「!遅なって悪いな」
猛ダッシュで走ってきても、着けばすぐに呼吸は整い、なにもしてなかったほどの落ち着きがある。流石テニス部のくせ者、いやいや天才・忍足侑士。異性でなくても目を引く容姿と、颯爽とした登場に羨む同姓も多いはず。それに待たせている相手が相手なだけに、悔しがる者は数知れない。
「いいよ。お疲れ様。走ってこなくていいのに」
さらりと頬を撫でる髪から覗く、可憐で繊細なコスモスを思わせる容姿がパァッと綻び、癒されるような笑みを見せた。これは忍足だけでなく、通りかかった数名の生徒もノックアウトだろう。日々のキツイ練習の疲れなど、今この瞬間に消えてなくなる。目の前にいる最愛の恋人・が、忍足にとって活力であり、癒しの場でもあった。だから、ついつい溺愛にもなる。
「そうはいうけど、可愛いを一人で待たせるんは、心配なんやで」
の優しさを噛み締めつつも、それより不安の方が大きくて、行き交う生徒に見せ付けるため、自分のだと主張するよう肩を抱いた。付き合っているからといって、『はいそうですか』と引く者はいない。隙あらば、忍足に取って代わろうと目論む者も多いとか。それだけは魅力的であり、忍足にとっては皆がライバルであった。
「ぁ…侑士!・・心配してる態度とは思えないけど」
「硬いこというなや」
「…大丈夫だよ。教室にいたら残ってる人もいるし、退屈じゃないよ」
まだ校門前だというのに肩を抱かれ、ムッと忍足を見上げれば詫びれもなく普段通りで、困ったように息を吐いた。でも、心配してくれているのは嬉しいことで、大目にと甘い考えになってしまう。しかし、心配の意味を取り違えている。
「…それはちゃうでぇ(誰や!放課後なんかに教室に入り浸っとる奴は!俺の知らん間にと仲良うしやがって、許せへん!今度調べたるさかい、首洗って待っとけや!を狙っとるんは分かっとるからな!)なんで、他の奴には無防備なんやろな」
ますます不安になった忍足は、本当だったら大声で叫びたい本音を胸の中に抑え、他人に対する危機感の薄さに頭が痛い。男は皆、狼だということが、なぜ分からないのだろうか。一番危険な狼がすぐそこに!
「ちょっと侑士!この手はなに?」
「ええやん。クラスも部活もちゃうんやで、一緒におるときぐらいくっ付いてもバチは当たらんで。離れてた間のスキンシップやん」
いつの間にか、肩にあった手はスルスルと移動し腰の境に、体も校門前より密着度が増え、声もやたら耳の傍で聞こえていた。流石に、腰の手には抵抗があるようでの注意が飛ぶも、距離は一気に縮まった。自分だけの警戒心をなんと取るのか?
「ふざけないで!伸し掛かって来るな!」
必要以上の接近に、手を突っぱね離れるよう言葉もちょっと乱暴に振る舞うが、それが恥ずかしさから来ている照れであると、忍足には見破られていた。だから、止めるどころか調子に乗る。
「なんでぇや。冷たいで。このぐらい可愛いもんやろ。付き合ってるんや問題ないで」
肩に顎を乗せ、耳に掛かるように低い声をまた低く、ゆっくりと息を交え並べていく。少し赤みがかった頬から耳へと広がり、離れようと抵抗する力も若干強くなったが、に振りほどかれるような腕はしてないし、利き腕じゃなくともありえない話だ。しっかりと添えられた手が意地悪で、悔しいけど嬉しくもあったりする。
「大問題、公衆の面前で」
「だぁれもおらへんし。そない気にせんでも」
「気にするし、この手はなに」
どう足掻こうが抜け出せなくて、口だけでもと、返す言葉に力がなくて嫌になる。それに、もう1本増えようとした手だけは阻止するも、声には勝てそうもない。人がいないからといって、今が下校中であることを忘れているのではないだろうか。に不安が過ぎる中、眼鏡の奥の瞳に悪戯な光が射した。
「サービスちゅう言葉を知らんの?」
「知りません」
「寂しいなー。冷たいなー。寒いなー。ぅん?腕は放さんでもえぇの?」
体を気持ち離し、残念そうに息を吐く。冷たく言い切られれば、狼の耳でも垂れ下がる。その態度にも少し考え、普通にくっ付いているのなら自分もそうしたいと、名残惜しそうに離れかけた手に、手を掛けた。
「ここから動かなければ、許す」
「〜。めっちゃ好きやで!ちゅーしてえぇか?」
「調子にのっ…」
恥かしそうに告げられた言葉に、忍足のポーカーフェイスはどこへやら、飛び付く勢いでに抱き付くと、欲望のままなことを口にする。そこまでお人好しではないと、今までの態度を一変させようとしただったが、流れのままに手遅れとなった。
「ごちそうさん」
満足しきった顔で笑い、ずれた眼鏡を直した。一方、放心状態のはボーっと、そこにいてそこにいない。
「。そんな顔しとらんとき」
「・・・・・」
「加減せんとってほしかったん。ほな、遠慮はしぃへんで、ええの?」
「っ!現状維持で」
「なんや、期待してもうた。残念やなぁ」
どこまでが本気で冗談なのか?知る者はいない。
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