ポッキー



午前でテニスの練習も終わり、仁王を待っていたと数名の部員と共にお昼を済ませ、別れ、二人は仁王の家へと向う。途中、コンビニに寄ったため、気付けば時計は3時前だった。



「寛いどり」



仁王はジャージを洗濯するため持っていった。部屋に通されたが最初にすることは、クローゼットから自身が持ち込んだ専用のふわふわクッションとミニテーブルを出すこと、そして、コンビニで買ったペットボトルと持っていた鞄からお菓子の箱を取り出す。



「はぁ〜」
「なんじゃ、食わんのか?」



いつもなら、まずはお菓子で頬張っているが、今日は箱を眺めるだけで手を付けていない。そこへ戻ってきた仁王は、の斜め向いに腰を下ろし、少し不機嫌な顔をしているを覗き込んだ。よく見ると、それはポッキーの箱で封は開いている。



「だって・・・」
「・・・」
「美味しくないから」
「はぁ」



ポッキーの箱を遠ざけ、静かには口を開く。なにか理由があるのだろうと耳を傾けた仁王だったが、その一言に、一気に顔を崩した。馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、ペットボトルの封を開けると勢い良くスポーツドリンクを流し込んだ。



「雅治先輩にはわからない問題なんです。丸井先輩だって」
「丸井が!」



そんな仁王を横目に、解ってもらえないと知っていたからショックもなく、共感できるのは丸井だけと、無意識に口に出ていた。それに反応したのは仁王で、は気付いていないようだが声のトーンが少し上擦り、気持ち身体が前に出る。内心、穏やかではない。



「丸井先輩が先に食べちゃったんです。新作だったから、先輩と一緒に食べようと思ってたのに」
「それで」



残念そうなの口振りに、仁王は少しホッとし、話の続きを聞いた。しかし、仁王の知らない間に、二人が一緒だったことにかわりはない。油断ならぬ面々が揃っているから、些細なことでも介入せずにはいられなかった。



「コンビニの袋のまま置いといたからいけないんですけど、見つけたときには食べてて・・・」






「あっ!丸井先輩!」
「うわぁ!なんだよ。これ!」



の買ったポッキーを食べてしまった丸井。でも、その直後に口を押さえ、軽い地団駄を踏んだ。



「開いてる・・・人の物を勝手に食べないで下さい!」
「お前、これ食ってみ」



手にした箱を見て、は怒りを抑えつつも丸井に言った。ポッキーを飲み込み、手は口を押さえたままだが、丸井は意味ありげにポッキーを勧める。



「えっ・・・・・・(パクッ)」



怪訝そうに丸井を見ながらも、気になりポッキーを1本取ると口へと運ぶ。何口か噛んだとき、の顔が歪んだのを見て、丸井は得意げに頷いた。



「なぁ〜」
「美味しくないし、ちょっと苦い」
「だろぃ」
「でも、だからって食べないで下さい」



なかったことにしたいが、買ってしまったからには食べないと勿体無い。静かに箱を鞄にしまうと、新作とはいえ、なんでも買うのはよそうと決めた。






「新作に騙されたんです」
「だが、コーヒー風味って書いてあるが・・」
「ぅん」
「そういうことか」



事の成り行きを説明したは頬を膨らませ、拗ねたように口を尖らせた。話から心配するようなことがなかったことに安心し、仁王はポッキーの箱を手に取り、パッケージを見てあることを悟る。コーヒーと言われ、は少し縮こまり顔を伏せた。そのポッキーはコーティングのチョコレートにコーヒーを使っていて、コーヒーがメインであることは、パッケージからも一目で分かる。あえて選んだ理由はだた一つ。



「どれ。食ってみるか」
「ぁ・・・」



含み笑いを堪えながら、仁王はポッキーを食べると、不安げには見つめた。確かに新作ではあったが、コーヒーに砂糖が絶対必要なが、ポッキーだからといって、コーヒー味をあえて買った理由は、仁王と食べる。簡単なことだった。



「これならいけるな」
「甘くないですか?」
も食ったじゃろ。俺にはちょうどいい」
「良かった」



普段から進んでお菓子を食べる方ではないが、甘くなく、コーヒーだけに嫌いな味ではなかった。顔を顰めることなく食べた仁王はそっと、の頭に手を置き撫でる。それにホッとしたは、一安心と肩の力を抜き、後ろのベッドに凭れかかった。



「食うか?」
「・・・先輩にあげます」
「全部か」
「はい」



二本目に手を伸ばした仁王は、食べれるが一人で全部食べるのかと、ペットボトルの蓋を開け、満足そうにフルーツジュースを飲むに勧めた。が、ポッキーに変わりはないのに、は驚いたように首を振り、味だけで拒否する。正直、自分のためとはいえ、全部食えといわれても、あまり嬉しくない仁王であった。考え深げにポキポキと、どうしたものかと瞳を閉じる。



・・・食わんか」



暫しの過ぎた時間。黙って食べていた仁王に呼ばれ、顔を上げたは、驚き瞳を大きく開く。ポッキーを一本咥えた仁王は器用に話し、誘っているように舌でゆっくりと動かしていた。



「た、食べません」
「ほぅ〜・・・。そうか」



飛び込んできた艶やかな風貌に、これ以上ない不意打ちをは喰らった。一瞬だが見惚れ、甘い蜜で誘われる蝶のように引き寄せられそうになったが、ハッと我に返り、仁王の惜しそうな瞳と合い気恥ずかしくなる。頬を紅くしたは、プィッと顔を逸らした。睨んだ通りの反応に笑みを噛み抑え、仁王はポッキーを持たずに食べ進める。



「・・・・・」
「(ぽきぽきぽきぽきぽきぽきっ)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「(ぽきぽきぽき、ポキッ)っ!」



仁王を見ないように、気にしないようにしていただが、耳に付く噛み音に追い込まれていた。三本目を口にし、食べ始めたころ、餌に獲物が喰い付き、仁王の瞳が変わる。先端を一噛みしたは、狼に睨まれた兎。噛んだ分をなんとか飲み込むも、その先が、その距離から動くことができなかった。仁王の腕がゆっくりと肩に掛かり、餌は必要なくなったと噛み砕き、飲み込んだ。じっと見つめるとの距離を縮め、伺うように問うた。



「どうしたんじゃ」
「先輩。なにか企んでる」
「そうぜよ。ポッキーも飽きたし、そろそろ・・を、喰いたいんじゃけど」


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