ダーツの王子様



「よし、これさえあれば」
「無駄だと思うけど、ね」



休日。柳生との自己練習もそこそこ早めに切り上げた仁王は、家へと急いだ。今日はが遊びに来る日。同じ学校でも学年が違うし、テニス部と帰宅部では一緒にいられる時間が短い。なので、毎週とはいかないが、厳しい練習の限られた時間を有効に利用しようと、休みはなるべく、一緒に過ごすことにしていた。



「もう着いとるだろうな・・・」



テニスバッグを肩に掛け、携帯で時間を見ながら走る。家まではまだ少し距離があり、メールか電話と迷ったが、それより走ることに専念した方が早いと、携帯を閉じて握り締めた。凡そで帰る時間を知らせたが、は約束よりも早く来る傾向があるため、今日もこの時間では待ってるころと、嬉しい溜め息を吐く。待たせたくないのに、待ってる間も楽しいと言われては、返す言葉がなかった。



「信号か・・・歯痒いのぅ」



走っていて止まっても、息が上がってないところは流石テニス部だが、心は先に行き、落ち着きなどない。青になると一番に駆け出し、テニスバッグを邪魔そうに肩に掛け直した。



「すまんな、待ったじゃろ」
「先輩」



ドアの前の人影に、脅かさないよう声を掛けた。テニスバッグを肩から落とし、地面と擦りそうにしながらへと近付く。息は整っているが、額に薄っすら汗を掻いていて、は困ったように鞄からハンカチを出すと、目の前に来た仁王の額に手を伸ばした。



「・・・また走って来たんですね」
「待たせたないんでな。それに」
「?」
「早く、会いたいしのぅ」



ポンポンと押さえるように汗を拭く手に目を向け、タイミングを見計ったように、言葉と行動は重なる。その手を掴まれ、考える間もなく引かれるように、の身体は仁王の胸に収まった。髪にキスをするように、甘い気持ちが告げられる。



「っ!せ、先輩!」
「なんじゃ、気にすんな」
「気にします!ご近所がっ」

バタン!



いきなりだし、玄関先だし、慌てたは身動きが取れぬまま騒いだ。しかし、仁王はそれすら楽しむように冷静で、の髪を撫でて宥めるが、落ち着いてはいられない。抗議したはドアが閉まるまで、状況の変化に気が付かなかった。



「中やったらいいのかの、・・くくっ」
「先輩!」
「怒りなさんな。上がりんしゃい」



耐えきれず、仁王は笑った。カギを出してドアを開けたことも、を軽く抱え中に入れたことにも気付かないとは、出会ってから鋭かったり、鈍かったり、閉まったときのきょとんとした顔に再度、惚れてしまう。笑われていることに、恥かしながらも怒るが、また可愛くてしかたない。でも、これ以上からかうわけにもいかず、部屋に上げた。





「ダーツか、何回でも相手はしちゃるが、結果は見えとるぜよ」
「今日は自信あるんです」
「ほぅ・・・・・・そうか」



機嫌も直り、話も弾んでいたが、からダーツがしたいと、普段では出ない言葉が飛び出した。仁王が教えたことだし、好きになってくれたのは嬉しいが、妙な自信になにかが引っ掛かる。今日は補助もいらないと言い出すし、仁王としては、側にがいないことでやり難さを感じていた。ダーツボードに1人で向うを見て、あることに納得する。



「・・・・・・それ!」



フォーム・ルールはこの際、目を瞑るが、ダーツは勢いもそこそこに見事、ボードに刺さった。シングルエリアでも、仁王の補助なしで刺さったことは大きい。



「ほぅー、当たったな」
「やったぁー!次も絶対当てます!」
「フフッ・・・俺じゃな。・・・・・・よっ」



この前といっても日は空くが、そのときも少しダーツをして、1人で投げさせたら暴投し、すぐに止めさせたのだった。そして、この出来。喜ぶには悪いが、仁王はそれを素直に喜ぶことはできない。歓喜の横で狙いを付けると、ふわりとスピードに乗ったダーツは吸い込まれるように、ダブルブルへと刺さる。



「あっ!ブルズアイ」
「当然じゃな」
「わたしだって・・・・・・えぃ!」



大人気なくても、の喜びを消し去った。何度見ても、綺麗で的確な仁王のフォームはの憧れであり、カッコイイ姿を独り占め出来る瞬間でもある。しかし、今日のは対抗心が強いようで、負けじとボードに向う。



「当たったの」
「やったぁー!二連続でボードに当たった!」
「えらい。えらい。・・・で」
「で?」



の投げたダーツはまたも、ボードに当たった。嬉しくてはしゃぐに、今度はちゃんと頭を撫でて褒める仁王だが、頭に手を置いたまま視線を合わせ、笑顔がゆっくりとなくなる。の表情も、合わすかのように笑顔から疑問符へと変わった。



「ナニを隠しちょる」
「か、隠す?なにも隠してなんか・・」



静かに、あまりにも真っ直ぐ見つめられたので、は思わず視線を逸らしてしまった。疚しいことがないわけではなかったし、それにはちゃんとした理由もあるのだが、今はまだ知られたくなしと、の中で葛藤が起こる。語尾を濁らせたに核心を得たのか、仁王は表情を変えた。



「ほぅ、この俺を。ペテン師仁王を騙せると思ったんか?」
「えっ!そんな!」
「俺の教え方じゃ、嫌ってことじゃな」



冷たい空気に、は焦りを感じた。知らない仁王を見てしまい、変な誤解を生んでしまったことに、自分の葛藤など自己満足に過ぎないと、慌てて弁解する。



「ち、違います!ミニダーツ買ったこと、切原君に聞いたんですね」
「そうじゃ・・・・・・なんで切原と」
「偶然会っただけです。ゲームソフト買いに来てて、ミニダーツだって、ちゃんと教えてもらってるのに全然上手くならないから、自分でも練習しようと思って、それで・・・」



絡まった糸を解くには、外から余計なものを除いていかなければならない。ときに、それが更なる障害となっても、順序と根気を要する。切原の登場で、仁王の顔に辛さが増した。それでも、最後まで話さなければと、は仁王の顔をじっと見つめ、言えなかった気持ちを伝える。



「先輩を驚かせたかったし、褒めて・・もらいたかったから」



恥ずかしさを堪え、最後は顔を見れなくて、臥せ目がちに言い終えた。顔は熱いし、掌は汗だらけ、仁王の反応がないから、続く沈黙が重い。時間的には1分経ったかどうかだろうが、とても長く感じた。




「せ、先輩!」



抱き寄せられたと思えば、座り込む仁王に引かれるまま、脚の間にペタンと座った。再度抱き寄せられ、その胸に落ち着いたは静かに見上げ、さっきとまた違う空気に安堵する。



「悪かったな。偶然じゃったのは知っとった」
「・・・」
「ただ、そんなこと思っとったとはな。俺もまだまだじゃな」
「先輩?・・・・・・っ!」



の頭から髪に流れた手が一瞬止まった。ペテンに掛けられていたとは気付いてないようだが、驚き、大きく瞬きした様子に心が痛む。恋人まで!と言われそうだが、得たものに比べれば、止めれないペテンの1つになりそうだった。思いもしない告白に、嬉しさを一時、噛み殺す。の肩に額を押し付け、遊ばせていた腕を腰にしっかりと廻した。



「これからはいっぱい褒めちゃるき。覚悟しんしゃい」


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