キンモクセイ
朝の教室は空気が篭っていて、少し苦しい。日直でもないのに、早く登校してきたは、机に鞄を置くと足早に窓へと向った。バチンと、静かな空間に耳障りな音が響く。
「・・・ぁ、キンモクセイの香り」
窓を開けると同時に、ふわりと流れ込んだ風がキンモクセイの香りを運んだ。そういえば校舎の近くに何本かのキンモクセイがあったことを思い出し、瞳を閉じて、暫し香りに酔いしれる。遠くから運ばれてくる香りなのできつくもなく、ほのかに甘くて心地良かった。
「・・・・・」
「いい匂いがする〜」
「えっ!ナニ?」
キンモクセイの香りに浸っていたからか、人の気配に気付かなかったの背後から声がしたと思う暇なく、ずっしりと重いモノが肩に背に圧し掛かってきた。驚き、逃げようとしたが体が動かず、なんとか状況だけでも把握しようと首は動くので振り向いた。
「っ!・・・・・」
思わず息を呑み、顔を上げて状況を回避する。首筋に触れる癖毛の金髪が、距離の近さを強調させた。占いでよく、思いもよなぬハプニングや何々に気を付けてなど、注意めいたことが書かれていたりするが大抵、普段通りに過ぎていくものだ。だが、今のこの状況を誰が予測出来ただろうか?朝一の教室で後ろから抱きしめられると、きっとどの占いにも書かれてはいないだろう。
「すぅーすぅー・・・・・」
「・・・(どうしたらいいの!)」
抱き付いている相手の寝息が耳に痛い。硬直したまま動けない体は、緊張からか熱を帯び、意識すればするほど上がっていく。他の生徒が来るまでにはまだまだ早く、沈黙の中、寝息と時計の針と早鐘のように脈打つ心音がやけに大きく聞こえてくるようだった。
「すっごくドキドキしてるね」
「あ、芥川くん、起きてるの?」
「眠れないよ。こんなにドキドキしてたら」
のそりと動いた頭から、のんびりしているがはっきりとした声が耳に届く。逃れるように首を縮込め、しどろもどろに返事をしただが、解けぬ緊張が蛇のとぐろのように絞まった。抱きしめている相手・芥川慈郎は腕を腰へと移し、密着率を強める。の反応を楽しみつつ、慈郎はどことなく寂しげであった。
「は、は放して、くれる」
「やだぁー!って、いったらどうする?」
「放す気・・ない、でしょ」
「わかる〜!でもね。オレもドキドキしてるってこと、気付いて欲しいな」
「あっ」
自分のことで精一杯だったは、ただふざけてるだけと思っていた慈郎の鼓動が背に伝わり、同じように早鐘を打っていることに気付いた。なら、こんなことしなければいいのにと、不可解な行動には内心困惑したが、だからといって、解決策が見付かったわけでもなく緊張は続いた。
「なんでこんな」
「ふぅ〜・・・・・」
「溜め息吐きたいのはこっちだよ。意味なく人に抱き付いて」
天然なのか?鈍感か?の捉えている意味が違うことに、慈郎は心の底から溜め息を吐いた。ガックリと垂れた頭がの視界に入ったが、思い違いのままは進んで行く。そのことで決心が付いてのか、軽く頭をクシャクシャを撫で、慈朗はを抱きしめ直した。
「な、っ!」
「はっきり言うよ。オレはが好きだ!だから抱きしめてるし、放したくない」
「あ芥川君、が・・す・・きって、まさか・・・」
「好きな子じゃなきゃ、こんなことしない。が好き。大好き」
鼓膜からダイレクトにの中心へと言葉が届いた。優しく抱かれている腕に力が入り、疑うことが愚かなことのようだったが信じられず、言葉が言葉にならないまま口が動いていた。繰り返された告白に、まだ夢の中でほんとは学校なんかに来ておらず、ベッドの中ではないかと思うほど現実とは思えない。でも、力が抜けそうな足で立っていられるのは、後ろで慈朗が支えてくれているからで、これを夢というにはリアル過ぎる。
「待って、その・・・・嬉しい。夢じゃないよね」
「夢だと思うなら、起してあげるよ」
「えっ・・ぅん!」
「・・・それで、返事は」
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