居眠り
学園祭まで、残り数日となったある日の午後。氷帝の運営委員で働き者とテニス部他、他校からも評判の良い二年のは、運営委員長でもある跡部から資料整理を頼まれ、会議室で1人作業をしていた。いつもならなんてことない作業なのに、心地良い部屋の空調と、お昼ご飯を食べて間もないこともあり、瞼が重くなってきて
「寝ちゃ・・・・・・だ、め・・・」
作業の手が止まり、頭が重くて椅子に背を預けた。塞がろうとする瞼に逆らえず、力の無くなった手が机から落ちる。カクッと折れた首から長い髪がゆっくりと流れ、は睡魔に負けてしまった。それには、連日の準備の忙しさもあるのだろう。
「ちゃん。どこにいるのかなぁ〜?」
この時間、一番に寝ていそうなジローが珍しく起きていた。目は半分眠そうだが、を探しているのか、フラフラと本館内を歩き回っている。関係のない他校のブースから倉庫、医務室と歩き、辿り着いたのが会議室だった。
「ここかなぁ〜・・・あっ!居た!」
ゆっくり開けたドアのスペースは頭が入るだけで、そこに突っ込み中を覗くと、探し求めたがいた。眠そうな目はちゃんと開き、勢いよく残りを開け足早に入るが、閉めることは忘れない。の背に駆け寄り、顔を覗いた。
「ちゃん。みぃーつけ、あれ?」
「すぅー・・・・・・」
入ったときに気付かなかったようだから、驚かせたと思ったジローだが、反対に驚いてしまった。普段から寝ているところを見られてきたのに、今日はその逆、のお昼寝を目撃している。初めてのものを見るように、じーっと注意深く見つめた。
「寝てるC〜。ちゃんの寝顔、始めて見る。うれC〜」
横から覗き込んでいたが、不自然な体勢に机を越え、正面から机に手を付き、少し俯き加減の顔を下から覗き込んだ。こんなに近くで見ることなんて、起きてるときじゃ考えられない。吸い付けられるように、ジローは顔を近づけた。
「わぁ〜!睫毛長いC〜。頬っぺたプニプニしててきもちE〜だろうな〜」
マジマジと見つめ、の顔を観察しつつ、ジローのテンションは上がっていく。声のトーンも来たときから変わらず、高くなる一方だった。
「触りたいなぁ〜」
言うが早いか、手が出ていた。数本の指先で軽く突っつき、その感触に全身電気が走ったように悶えると、ペトッと遠慮なく頬の感触を楽しむ。
「やわらかい。とってもきもちE〜!」
ずっと触っていたくなる感触に手が離せず、満足いくまでジローは手を離さなかった。しかし、近くで騒がれ、顔をおもちゃにされ、寝ていられるかと言えば、そうではない。
「(ん!騒がしい・・・・・・それに、!?・・・か、顔になにか!)」
「やわらかい。とってもきもちE〜!」
「(!?ジ、ジロー先輩の声・・・じゃ、これはジロー先輩が・・・)」
あまりの煩さに、は眠りから覚めた。が、今置かれている状況に目を明けることが出来ず、声からジローが居ることはわかったが、怖くて狸寝入りを続けるしかなかった。
「ほんと可愛いなぁ〜」
やっと頬から手が離れ、解放されたは起きようとしたが、ジローの言葉に動揺し、起きる間を逃がした。今の言葉も、ジローも、声だけでしか知ることは出来ず、真意が分からぬまま、暫しの沈黙があった。の顔を改めて見たジローは、ゆっくりと顔を近づけ
「唇。ピンクだ・・・・・・キス、したいな」
「えっ!キス!」
テニスボール一個分の距離で、は慌てて目を明けた。言葉と、あまりに近くにあったジローの顔に驚き、立ち退こうとしたが体が言うことを聞かず、中途半端に力が掛かったために、椅子は引っ掛かり、足は地面を蹴っていた。
「わぁぁぁぁぁ!あっ、・・・っ!」
曲芸のように、椅子の後ろ足だけで座った状態になり、どっちに転ぶか不安定な状態から人は、とんでもないことをするものである。たぶん。
「お前ら・・・またかよ」
そこに宍戸が現れた。似たような状態を見らるのは、2度目である。
「今度はジローに抱き付いてんのか」
冷倒れる寸前、藁をも掴む勢いで手を伸ばしたのはジローで、頭を抱くように力一杯抱きしめていた。その現場を宍戸に見られ、冷静な口調に、は瞬間湯沸し器のように顔を真っ赤にして、何事もなかったように元の体勢に戻った。一方、ジローは首を擦り、に追い討ちを掛ける。
「痛い。けど、うれC〜!」
「・・・・・・し、仕事の邪魔ですから、出ていって下さい!」
「だとよ。ニヤ付いてないで行くぞ」
「は〜い。またね」
「もぅー・・・居眠りなんかするもんか」
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