調理実習



お昼休み。
中庭の大きな木の下が、ブン太との待ち合わせの場所だった。今日は天気もいいし、木陰でお昼を食べるにはちょうどいい。



〜!」
「・・・ブン太先輩」



先に来ていたを見つけたブン太は、手を振り、満面の笑みで走って来た。それに対し、は俯き気味に、表情を曇らせる。ブン太の顔を、まともに見れない事情があった。



「イチゴタルト、ちょ〜だい!」
「・・・・・・そ、それが・・・」



の前に来たブン太は、小さい子がお菓子をねだるときみたいに、両手で椀を作るように差し出した。満面の笑みのまま、瞳を輝かせている。それを眩しく思いながら、忘れていてくれてればと、心苦しいが告げねばならぬことがあった。言ったらきっと、この笑顔は消えてしまう。その覚悟を、して。





「はぁ〜!・・・ないって、調理実習で作るって、朝言ってたろぃ?」



話ながら場所を変えた。人気のあまりない木陰に座り、ブン太は声を荒げてに詰め寄る。おかしいとは少し思っってた。調理実習の後だというのに手荷物が少なかったから、1ホールとは思ってないが、一切れでもあると期待していたのに、朝からの楽しみが水の泡と消えた。



「作ったんですよ。それが」
「それが〜」
「他の班の子達が食べたいっていって、それで」
「分けてたらなくなった。で、すまねぇ!」



申し訳なさそうに話すに、タルトの恨みもあるが、沈んだ顔をされるのも嫌で、ブン太は複雑な感情に修復の糸口を探せない。こんな言い方したくないのに、の弁解は、ブン太をよりこんがらかせた。



「ごめんなさい。最初に取っとけば良かったんだけど」
「はぁ〜楽しみにしてたんだぞ。・・・・・・食った奴ら、男だろぃ?」



朝から楽しみにしていたブン太を見てたから、気持ちもわかるし、食べて欲しかった。授業とはいえ、ブン太のために作ったところもあったから、は自分のミスに頭を下げる。それを見て、ここが妥協の区切りかと、でも、納得しきれないこともあった。



「も、いたかな」
「俺のイチゴタルトォ〜!」



学年の差は替えられない。と同じクラスの男子に、抑えきれない嫉妬が込み上げた。合同文化祭、つまりは夏休み明けまではフリーだったのに、それがいつの間にか彼氏持ちになっていたのだから、向こうもそれなりの恨みはあったのだろう。それをブン太の1番堪える形で返され、怒りのやりどころに困った。



「代りにはならないけど、イチゴジャムも作ったんです」
「イチゴジャム?」



イチゴタルトの代りにはならないだろうけど、ジャムも一緒に作り、出来は良かったがタルトには敵わず影を潜めていた残り物ではあったが、手作りに変わりはない。小さ目の小瓶に詰められたイチゴジャムを受け取り、どうしたもんかと見つめた。太陽の光にキラキラと、濃い赤に薄っすら果肉が透けていて美味しそうだが、ただ食べるのも味気ない。



「・・・・・・!」
「先輩?」



小瓶との睨めっこ中、奥のに目が行った。そして、なにを思いついたのか、小瓶の蓋を開ける。塗る物もないのに食べるのか、今のブン太ならありえるかもと、は不思議に行動を見ていた。ジャムを人差し指で掬ったまではよかったが、その指が向った先に問題があった。



「あっ!っ!・・・」
「あぁ〜嘗めるな」



唇に冷たい感触が触れた。鼻先に付くのは甘いイチゴの香り、継ぎ足してはなぞるように載せられる。重い接着感に嘗め取ろうとして、静止の言葉にただ従ってしまった。頭の片隅で、気付いたような気付いてないような、まさかという、安易な思いで構えてしまった。



「そのままでいろよ。まぁ、こんなもんか」



指に付いたジャムを嘗め、瓶の蓋を閉める。の膝の上に瓶を返すと、動かれないよう顔に手を添えた。



「いっただきます!」
「!っ」
「ぁ・・・ん」



もっと早くになんとかするべきであった。目の前に来たときの嬉しそうな顔に、タルトの代償としてはつり合わないと、逃げたくても逃げれない唇を食べるように、ブン太はイチゴジャムを満足そうに嘗め取っていく。舌の感触に目をギュッと瞑りながら、は自由の利く手でなんとか押し退けようとしたものの、最後までどうすることも出来なかった。



「んぅ!せっ・・・・・先輩!」
「さて」



解放されたはいいが、ドキドキと混乱で頭が働かない。言いたいことはたくさんあるのに、今は口を動かすことさえ恥ずかしかった。そんなを気にすることもなく、ブン太は再度、小瓶を手に取る。



「先輩!ブン太先輩!」



蓋を開けようとした手を慌てて掴み、言葉もないままブン太に訴える。まともに顔を見れる状態じゃなかったため、は紅くなって顔を反らしてしまった。そんな反応をされては、ジャムを食べようとしていただけなのに苛め心が擽られ、期待に応えないわけにはいかなくなる。



「俺だけ、タルトなしなんだぞ」
「タ、タルトだったら、明日作ってきますから」
「今食べたかった。ほれ」
「ブン、太せん・・ぱぃ」
「ジャムで我慢してるんだから、付き合えよ」



あと少しだけ。タルトのことは帳消しになったけど、美味しいことを見つけたから、そう簡単には止めたくなかった。ジャムの分量を考えながら、甘い午後を過ごす。



「結構いけるな・・・・・・癖になるかも」



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