BE MINE
青学テニス部はロードワークで河原に来ていた。ランニングやストレッチなど、メンバーはそれぞれに体を動かしていた。それを土手の中腹辺りに座って、青学テニス部マネージャーのは眺めていた。髪に悪戯する風は穏やかで、気持ちの良い午後の日差しに眼を細め、誘われる睡魔を噛み消した。
「ふぁ、ぅ…いけない。それにしても、いい天気」
空を見上げ、軽く伸びをして下ろした手元に眼を向ける。
「あっ、三つ葉!」
周りをよく見ると、三つ葉のクローバーが幾つも密集した塊となって咲き乱れていた。ただの草と思いきや、三つ葉も草だか、三つ葉のクローバーには楽しみもある。
「これだけ咲いてたら、四つ葉のクローバーあるかも」
お尻を上げると軽く払い、急ではないが斜面なため膝を突くと、四つんばいな格好で三つ葉の中を掻き分け、眼を凝らしながら四つ葉のクローバーを探し始めた。
「四つ葉。四つ葉。…そう簡単には見つからないよね」
簡単に見つけられたら、四つ葉の価値は三つ葉と変わらないだろう。三つ葉の中で、自然では稀にしかないから価値があり、見つけたときの喜びはひとしおで、感動に近いものがある。それだけ貴重と言えるだろう。
「あっ!なんだ、隣の葉が重なってる。ないな〜」
「なにしてるんっスか。あれ?」
「さぁ〜な」
今が部活の一環だということも忘れ、四つ葉のクローバー探しに夢中なってるを、下からリョーマと桃城が見ていた。それに気付くことなく、なにかに取り憑かれたようにちょこちょこ動いては、四葉のクローバーを探している。だが、どれだけ頑張ったところで、たくさんの三ッ葉があろうがないものはないのが現実で、幸運の四つ葉のクローバーとはよく言ったもの、見つけるには多少なりとも、運が必要である。
「ないよ〜。ここにはないのかな?」
「!何してる!」
どれだけ時間が経ったのか、探し疲れたはペタンと座った。その無防備な背中に部長である手塚の一喝が降ると、いつもの癖でピンと伸びた背中は、ここがどこかを忘れて勢いよく立ち上がろうとして、斜面であることにバランスを崩した。
「えっ!うあぁ、わっちょっと待ってって。きゃぁぁぁぁぁ!」
ズタ、ダダダッ!
「!」
「大丈夫か?」
「ふぁい。なんとか…あっ!」
踏ん張ろうとした体は無情にも、後ろ向きに転がり落ちた。駆け寄る手塚と大石が心配そうにを覗き込んだ。痛そうに体を起こしはしているが、かすり傷程度で済んだことにホッとした。
「解散だ。話を聞いてなかったようだな」
「あっ、あはは・・・すみません」
「気を付けて帰れよ」
手塚、大石と別れたは、傷の手当ても程ほどに、足早にある場所に向った。手にはしっかりとハンカチを持って。
「あっ、跡部さん!
「お前は…何しに来たんだ」
そこは氷帝前。跡部が帰ったとも、まだ居るともわからない。不安の中、待っていたの目に跡部が映ると、他校生ということで、声を掛けるにも勇気がいるが、思いきって呼び止めた。振り返った跡部は少し驚いたようで、俯いたまま走り寄るの顔を擬しする。見られていることに緊張しながらも、硬くなる口を開いた。
「あ、あの。渡したいものがあって…」
ハンカチを少し出し、顔を上げた。開こうとする動作の前に
「渡したいもの?ぅん。この傷はなんだ」
「え!こ、これは、ちょっと・・転んで」
ぶつかった視線は一瞬で、ふっと反れたと思ったら、頬に紅く走る傷に触れるでもなく指差した。その先に手を伸ばすと、鈍い痛みが過ぎり、今まで気付かなかったことが恥かしくて、手で覆い隠すと俯く。ちゃんと鏡を見てから来るんだったと、後悔しても後の祭で、肩も落ち、腕からも力が抜けた。
「気を付けろよ……落ちたぞ」
見るからに凹んでいるに、なんの造作もなく腕が下りて来た。ポンと頭に触れた手が嘘のようで、落ち込んだ心が大きく跳ねたと同時に、垂れ下がった手からハンカチが落ちた。それに気付くのも、拾う動きも遅れてしまい。
「クローバー…」
「あっ!そ、れは」
ハンカチとその隙間から飛び出したクローバーを拾い上げ、眺めるようにの前に差し出した。この場に来てクローバー=草が認識され、跡部にはつり合わないものだということを、まざまざと見せ付けられて、自己嫌悪に陥る。
「渡したいもの、か」
「ぐ、偶然見つけて、幸運のお守りって言うから、関東大会も近いし跡部さんに・・・・・って、こんな草いらないですよね!どうかしてたんです。お、お騒がせしました!」
クローバーを持つ手は絵にもならず、流された視線が痛く突き刺さる。、この場をどう乗り切るかで頭はパニックで、なにを言ってるかわからないまま去ろうとした。逃げるが得策。
「失礼しま(待て!)た?」
「探してたんだろ。俺のために、怪我までして」
「・・・・・」
「バレバレなんだよ。俺に嘘は通用しねぇ」
勢いよく頭を下げ、いざ行かんなところを止められた。恐る恐る強張った顔を向けると、自信に満ちた跡部の表情に微かな曇りが射したのは、彼の優しさ。なんでもお見通しなのだから、隠すこともできないし、勝つことも出来ない。
「はい…」
素直に負けを認め、1人騒いでいたことに恥ずかしさが込み上げてきた。クローバーを指先でくるくる廻し、笑みを奥に隠した跡部が、改めてを見据える。
「四葉のクローバー。貰ってやるよ」
「え!ほんとですか?」
耳を疑うような言葉に、ウサギのような耳が付いていたらピンと真っ直ぐ立っていただろう。瞳を大きく輝かせて、まだ信じられないけど嬉しいというのが、全身から感じられた。
「あぁ。お前、コレの花言葉知ってるか」
「ぃえ。知らないです」
「だろうな。教えてやるよ」
「あ、跡部さん!・・ぅ」
クローバーをの目の前に翳し、含みのある態度で近づいていった。その行動に戸惑いながら、近くなる跡部の息づかいに頬が熱くなる。
「BE MINE。わたしのものになって」
「あ、あっの…そんな、知ない」
「なってやってもいいぜ。お前が俺のものになるなら」
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