うなじとホクロ



夏休み前日、終業式でも関係なく立海テニス部の練習は行なわれていた。照り付ける太陽の下、部員達が汗を流す。しかし、その中で、レギュラーの人数が一人足りていなかった。



「備品のリスト出して来ます」



部員達が練習に励むコートの端のベンチに座り、ファイルを何度も見直しては手直し、やっと目途が付いたのか、立海3年でテニス部マネージャーである【】は、全てのコートを見渡せる位置で仁王立ちし、部員の練習に厳しい眼差しを向けている真田に声を掛けた。



「ああ、頼む」



ちらりとの見て、頷く。それを見てとったも又、軽く頭を下げるとコートを出て行った。校舎に真っ直ぐ向うつもりでいたが、再度見たファイルに不安な点を見つけ立ち止まる。間違っていないとは思うが、もし違っていたら後で煩い・・・など、睨めっこしながらブツブツ呟くと、足は部室へと向っていた。



「心配なぃ・・・あっ、ヤバ!」



気付いた時には部室のドアノブを廻していた。無意識に、普段通りのことなのだが、今は状況的に宜しくない。引いたドアの向こうを見てはいけなかった。



「お邪魔しました」
「マネさぁーん!」



そこにいたのは足りないレギュラーメンバー。開けてすぐに瞳が合った彼は、飼い主を待ち侘びた子犬のような瞳をし、尻尾が在れば千切れんばかりに振り、嬉しさのあまり飼い主に飛び付いたであろうが、彼は人である。人であるからこそ、厄介なのであった。



「あっ、ちょ・・・えぇ!」



パイプ椅子が倒れるほどの勢いで立つと、慌てて閉めようとしたの動作よりも早くドアに近付き腕を掴むと、閉まろうとするドアの間から素早く中へと連れ込んだ。無情にも閉まったドアに背を預けたは、両腕を掴んだまま項垂れている相手の名を呼ぶ。



「赤也君?」



名に反応したのか、項垂れたままの肩に頭を預けた。立海テニス2年生エースであり、次期部長?でもある【切原赤也】がなぜ部室にいるのか、それは2時間前に遡る。






2時間前部室。



「切原」
「なんスか?真田副部長・・・柳さんまで」
「お前、英語の宿題に補習分を追加されたそうだな」
「なんで?!」
「英語のテキスト56ページ。補習テキスト34ページだったな」
「柳さんっスか」
「今日中に終わらせろ」
「へっ?」
「今からの時間を使えば、無理な話ではない」
「それは先輩達だからで・・・」
「宿題をやり終えるまで、コートには立たさん!」
「えぇ!なんで俺だけ!」
「切原。時間が勿体無いぞ。口より手を動かせ」
「これより部室の立ち入りは禁止する。、いいな」
「はい」






「マネさぁ〜ん!来てくれると思ってたよぉ〜!」
「・・・・・・で、進み具合は?」
「なんとか、補習テキストは出来た」



腕から手を離した切原は、の抱きしめるように腕を廻した。項垂れたままなので多少の重たさはあったが、真田からの唐突な命令に強引さを感じていたので、すがり付いてきた切原に負けた面もあるが、少しだけ手を差し伸べることにした。半泣き混じりの切原の背を、はポンポンを叩く。



「で、今は11ページ目なのね」
「ぅん。ココで詰まってる」
「どれどれ・・・・・」



わからない問題を、は違う紙にスラスラと解いては、切原に説明しながら答えを導かせる。切原も納得したように問題と解いては、詰まった箇所を一緒になって進めていった。時間も進むがページも進み、気付けば26ページ目で中々のペースである。



「えっと、これは・・・・」



問題を見ながらペンを額に当て、進むにつれ難しい問題も増えてくるものだから、も一筋縄で解けるとは限らなくなってきた。自分の宿題でもしているような表情に、隣に座る切原はふとペンを置き、息抜きではないが、と二人きりであることを思い出したかのように肘を付き顔を乗せる。ペン先から順を追ってを見つめる切原の瞳に、今まで気付かなかったものが映った。




「待って、あと・・・先輩を付けなさい」
「いーじゃん。今、二人だし」
「ふざけてると行くから・・長居し過ぎたみたい」



学校では、いくら付き合っていえど名前呼び禁止にしていた。それをさらりと、今のこの状況で言うとは、緊張感の抜けてしまっている切原に、は自分の甘さを恥じる。それに時計を気にしていなかったが、丸一時間が過ぎていた。



「これじゃ、わたしが真田君に怒られる」



席を立ち、持っていくはずだったファイルを揃え直すと、気になっていた物だけ確認しようとロッカーに急ぐ。中を確認している時、椅子が動く音がしたが今は構ってられないと、ファイルと見比べ作業をした。



「・・これでよし。っ!」



確認を終え、間違いがなかったことに一安心したところへ、別の危機が迫っていた。動こうとした背に壁があり、首筋に掛かる風が、微かに落ちている髪を揺らす。



先輩・・・」
「な、に?」
「ここに・・・(ぅ!)・・ホクロあるの知ってました」



切原の声がすぐ後ろで聞こえ、強張ったの声は上手く出ず、構えるように俯いた。それによって、髪をアップにしているよりも首筋が露わになり、切原は口の端を上げつつ、平静に唇を首筋へ寄せる。ぎゅっとファイルを抱え、逃げるように背を丸めたに、切原は淡々と話を進めた。



「し、知らない」
「自分では見えませんもんね。俺も気付かなかったし・・・なんか損してた気分っス」
「・・・・・」
先輩。本題なんっスけど・・・」
「な、なによ」



切原との距離を抜けるため、横に逃げたはくるりと急ぎドアへと走った。紅くなった頬をファイルで隠し、伏せ目がちで見た切原は両手をポケットに突っ込んでおり、なにかをわきまえているようにも見える。しかし、の警戒は解けず、それをわかっていてか、距離を縮めることなく切原は口を開いた。



「今日中に英語の宿題全部終わらせたら、ご褒美貰えませんか?」
「変なこと考えてるでしょ」
「そりゃ〜夏休みですもん!色々お楽しみがないと、ね」



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