絆創膏



朝練が終わり、1時間目までの僅かな時間。いつもなら教科書の用意をしたり、友達と話したり、やっと落ち着ける時間なのだが、今日はとんでもない場所に連れて来られてしまった。



「ちょっ・・・ダメ!」



抵抗したくても、抱きしめられた時に突っぱねようとして止められず、腕は2人の間で窮屈そうに空を掴んだ。ここは、とある資料室。ちゃんとカギは掛かっているのだが、構造上、ある拍子に開くことがあり、今ではごく一部だが、それを知った生徒の逢引き場となっていた。今も、開けるコツを掴みきった切原が、合同学園祭以降、恋人兼テニス部マネージャーのを連れ込み中。



「赤也っくん・・・
やめ、授業が
がいけないんだぞ」



抱きしめたまま、切原は首に顔を埋める。の体温を唇で感じ、廻した腕は背中をゴソゴソと這い回った。身体のどこかでは受け入れたい思いが、でも、の理性が拒む。止めさせようとする言葉に、切原は顔を上げ、の耳元でわざと声を紡いだ。吹きかかる息に、の身体はピクッと強張った。



「真田副部長に・・・英語のテストがあるって言ったから」
「だ、だって、そ、れは嘘は・・吐けないもん」
「オレのための嘘でも・・・そこがらしくていいけどさ、鉄拳喰らったお返しはさせてもらうぜ」
「赤也君!」



それは朝練でのこと、切原の練習を見ていて、がポロリと口を滑らせたことから始まる。



「英語のテストがあるって言うのに、予習して来ないなんて・・・真田先輩が知ったら『テストがあるのか』えぇ!」
「テストがあるんだな」
「え、あの・・・・・はい」



近くに人はいないと思っていたら、の後方に、二王立ちの真田がいた。予想してない登場に、聞かれてしまっては後戻りできないと、心の中で切原に謝りつつ頷く。そこからは切原の言った通り、弁解の余地なく真田の鉄拳を喰らったのだった。で、への仕返しをしているところである。切原の表情が意地悪く歪み、どうすることもできないは、諦めから瞳をギュッと閉じた。



「ほぃ!」



急に切原が離れた。そして、手に持っている何かをゴニョゴニョ弄っている。



「えっ・・・えぇぇぇぇぇぇ!」



思わず、胸を手で隠す仕草をした。信じられないといった面持ちで、さっきまでしていたブラジャーの肩紐を持て、マジマジと観察している切原を恨めしく睨む。ブレザーを着ているとはいえ、安心できるものでもない。



「没収!可愛いけどさ、も少し色気がぁ!」



肩紐を持って、にんまり笑っている姿は余り、よろしいものではない。白地にピンクの水玉は可愛いが、切原の好みではなかったらしく、少し眉間に皺を入れ、本気トークをしたところに、の鉄拳が飛んだ。



「なにすんだよ〜」
「それはこっちの台詞!返して!」
「やだね!」
「信じられない!学校だよ」



頭を擦りながら、切原は不満有り気に口を尖らせた。一方、怒りから手が出てしまったは、ブレザーの襟を寄せながら、切原と距離を取りつつ、返すまで引く気はない。睨み合いの中、切原はふっと表情を解き、優勢なのは誰かを諭した。



「さっきまで、気持ち良さそうに寄り添ってきたのは誰だったっけ?」
「ん・・・・ぅぅぅぅー」
「気が向いたら返してやるよ。ささ、授業が始まっちまうぜ」



言葉を詰まらせたは、悔しそうに唇を噛み締める。背を向け、ドアに手を掛けた切原は、手のそれをポケットの中へと押し込んだ。その背には、はっきりと悪魔の羽が見えた。






「はぁ・・・落ち着かない」



1時間目はなんとか過ぎたが、ない違和感に落ち着かず、そわそわしどうしであった。予備なんてもってるはずもなく、だけど、なにかないかと鞄の中を漁る。出てくるわけないんだけど、タオル、ハンカチ使えない。ポーチの中も、ティッシュ、ソーイングセットに



「これ・・・・・・ないよりは・・」






お昼休み。



「返してやる。その代り」



また、資料室へと連れて来られた。しかし、返してやるとポケットから出したが肩紐を摘み、にんやり笑う切原を見て、裏があるとは悟る。すんなり返すわけもないし、大体想像は付いた。



「なに」
「俺が付ける」
「やっぱり」



厭らしく持ったまま、切原は詰め寄って来た。予想が当たり、恋人とはいえ単純さに呆れ、は遠い目を向ける。でも、この態度が一転するまで、後僅か



「冷たいなぁ。まぁ、いいや。脱がせば勝ちだもん!」
「はいはい・・・・・・・・・ん!あぁー!」



ブレザーのボタンを外し終え、カッターに手を掛けたころ、は重大なことを思い出した。慌てて切原の手を払うと、ブレザーの端を掴んでクロスする。



「な、なんだよ」
「ダ、ダメ!絶対ダメ!」
「おいおい・・・さっきのは芝居かよ。今更なんてなし!」
「返していらない!あげるから」
「なんだよ・・・訳わかんねぇー!」
「あっ・・・」



肯定的だったのに、いきなりの拒絶で顔を顰めた切原は、納得できずにの手首を掴む。振り払おうと拒むは、普段からは想像もできないことを言い放ち、益々切原を混乱させた。しかし、超が付く短気の切原は、力任せに腕を押し広げたのだった。



「ぷっ!」
「笑うことないじゃない」
「だって、それ・・・・・」



光の下、晒されたそれを見た切原は思わず吹き出し、笑いたい口を堪えるのに精一杯。恥ずかしそうに俯くは、弛んだ切原の手から腕を解いた。



「・・・・・絆創膏」
「もおー!返して!」
「おい」
「自分で付ける」



釘付けとなった目の情報を、切原はやっと口にできた。のそこには、定番の肌色タイプの絆創膏が両方に貼られている。間抜けだとは分かっていても、なにもないよりは、なにかで、絆創膏であれ、隠したかったのだ。珍しい姿に、刺さるほどの視線で見ている切原に耐えかねたは、ポケットからはみ出していたブラジャーを奪った。サッと距離を取り、この際、肩紐は気にせずに付けようとする。



「ま、待てって・・・絆創膏、剥がさないのかよ?」
「帰ってから剥がす」
「なぁー、
「なに」
「剥がしたい」
「ダメ!」
「なぁー、頼むよ!お願い!」
「ダメったらダメ!」
「ケチ!んじゃ、強行突破しかねぇーか」
「えっ!ちょ、離し!あ、赤也君!」



背中越しに声を掛け、気になっていることを告げた。切原にしてみれば、美味しいシチュエーションが予想もしない裏技でさらに、美味しくなたのを見す見す逃がすなんて選択肢は端っからない。断られることを見越してか、後ろを取ったのは、を羽交い締めにするためで、難なく自由を奪った切原は、愉しそうに肩からカッターを滑り落とす。



「右と左。どっちからがいい?」



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