守りたいもの
ハルモニアを旅立って幾日経っただろうか、アップル・シーザー、そして、ボディーガードとして同行中のは、山道を抜け、平原の分かれ道へ差し掛かる。左右の道には標識が立ててあり、矢印と共に街の名前が書かれていた。
「待って、シーザー」
「グラスランドに行くなら、こっち」
標識前で立ち止まったアップルの後ろを、ポケットに手を突っ込み、気だるそうに通り過ぎたシーザーは、なにかを悟ったのか嫌そうな顔で振り向いた。標識を見て悩むアップルに、重い腕を引き出せば、向う目的地であろう方向を指差し示す。シーザーの眉は寄り、嫌な予感ムンムンであった。
「確かここには・・・・・こっちに行きましょ」
顎に手を当て、記憶を探る。ブツブツと考えながら記憶の糸が繋がり、顔を上げたアップルは反対を指差した。古い知人が居ることを思い出し、折角なので、寄っていこうとしているアップルなのだが、シーザーは黙ってない。
「遠回りになる。それに、単なるアップルさんの我が・・
「どんな人なんですか?」
「昔、一緒に戦った人よ」
・・儘に付き合ってらんねぇー」
「行きましょう!」
「って、人の話聞けよ!」
「決まりみたいね。行くわよ。シーザー」
眠そうな瞼を持ち上げ、シーザーは反対意見を口にしたが、そこに入ってきたによって、話はトントン拍子に進んでいき、多数決で目的地が決まった。偉大な英雄と、二度も一緒に過ごしたアップルはの憧れで、一人でも多くの当事者から話を聞くことが、の旅の目的の一つでもある。それを知っているため、を味方につけることは簡単で、そうなれば、シーザーがなにも言えないことをわかっていて、アップルの作戦勝ちといえよう。してやられたシーザーは、嬉しそうにアップルを急かすを見つめ、肩を落とす。
「たくっ・・・アイツは・・・」
ポケットに手を戻し、苦笑いを浮かべた。昔から、に弱いところは今も同じらしい。納得しつつ、遅れて後を歩いて行く。
その日は街のお祭りともあって、多くの観光客に露店や催しで、かなり賑っていた。
「祭だなんて、聞いてねぇー。あぁーうるせぇー!」
着いてみれば、昨日から街のお祭りだったようで、多くの観光客やら露店に催しと、かなりの賑わいだった。
「文句言わない。でも、この通りを抜けるのは、ちょっと大変そうね」
「ちょっとじゃ済まないぜ。が足引っ張ってるからな」
知らずに来たため、着いてるであろう目的の家に、まだ到着できていなかった。大通りを抜け路地を行けば着く距離なのだが、人が溢れ、行き交う波に道を塞がれている。おまけに、着くまではアップルと並んで歩いていたが、今は最後尾を歩き、キョロキョロと露店を覗いては目を輝かせていた。進むに進めぬ状況と人の波に、シーザーは飽き飽きした顔で、を目配せする。
「人の波に逆らうんじゃなくて、ちゃんみたいに乗れば速いかもしれないわ」
「アップルさん?って、ぁ」
「このスカーフ。素敵な色合いね」
「自分も見たかっただけじゃねぇーのかよ。はぁ・・・」
シーザーの後を目で追ったアップルは、楽しそうなを見て、一つの見解を出した。結局は、祭を楽しみたいだけと、シーザーにはバレバレなことであったが、楽しまなきゃ損とアップルは観光客になり代わる。疲れる旅だと、シーザーは丸まった背中をさらに丸くし、大きな溜め息を漏らすと歩き出す。場所は聞いてわかっているし、近くで待っていようと、なにより人込みから早く抜け出したかった。
「全く・・・女って奴は」
視界の端にを移し、見ず知らずの商人と笑顔で語らっている姿に、胸の痛みを覚える。一緒に居ることが当たり前になった今、前よりも想いは膨らんでいた。
「・・・情けないな」
想いを閉じ込めるように唇を噛み締め、拗ねたガキじゃないと、頭を切り替える。しかし、拭えきれぬ思いがシーザーの足を遅くし、俯いた顔を上げることができないでいた。
ドン!
「痛っ!」
「すみません」
人込みの中を暫らく進み、考えに耽っていたシーザーは人とぶつかってしまった。体格のいい相手だったようで、前方不注意のシーザーの方がぶつかった弾みで押し返される。相手を一瞥し、謝り通り過ぎようとしたシーザーだったが、どうやら、ぶつかった相手が悪かったらしい。
「ちょっと待てや!兄ちゃん」
「えっ・・・!」
「アニキ!大丈夫ですかい?」
「あ、あにき?」
「てめぇー。その態度はなんや!」
「骨、折れたな」
「そんな・・わけっ」
「はぁ?見てわからんのか!アニキが怪我したんやぞ!」
「謝って済む問題ちゃうぞ!あぁ!」
「慰謝料。キッチリ払ってもらおか!」
「ま、まじ・・・・・・」
その相手の置くから一人、二人と増え、強面風情のお兄さん達にシーザーは囲まれてしまった。見渡せど逃げ道はなく、まさに、蛇に睨まれた蛙。頭一つ上で展開される猿芝居に、わかっちゃいるが威圧感で頭が働かず、言い包める術が見つからないまま、話は結論に辿り着いた。
「有り金全部!出して貰おうか!」
「持ってるよなぁー!文無しで観光なんてしねーだろ」
「隠してると為になんねぇーぜ」
「さっさと出すもん出しやがれ!」
「・・・・・・・っ」
押し寄せる面々に、シーザーの背中は縮み込む。頭だけでなく、身体も少しは鍛えておくんだったと嘆いても遅くて、迫り来る危機に、諦めに似た笑みが浮んだ。男達は、シーザーの身なりから羽振りが良さそうと決めつけているようだが、お金はアップルが管理しているため、ポケットには小銭程度しか持ち合わせはなかった。
「・・・わかった」
持ってるだけ渡せば相手も去るだろうと、シーザーはポケットを探る。この街に来たのが間違いだったんだと、シーザーは肩を落とし、今日は厄日に違いないと小さな溜め息を吐いた。男達はというと、ニタついた顔で、金が入ると待ち構えている。
「これしか『なんの騒ぎ』!?」
「なんだぁ!」
「・・・」
シーザーがポケットから手を出そうとしたとき、男達の向こうから聞き慣れた声が掛かった。声でだとわかっていたが、邪魔され、嫌そうな顔で振り向いた男達の間から姿が見えたとき、シーザーは思わずお金を手放していた。そして、なぜかバツの悪い顔をして、下唇を噛み締める。
「お嬢ちゃん。怪我したくないだろ?向こうへ行ってな」
「今はお友達と話中だから、また後で」
「わかった?邪魔はしないでね」
怪我したくなかったら、向こうへ行ってな」
「今はお友達と話中だから、邪魔はしないでもらおうか!」
「それは『邪魔するな』えっ?」
「話はもう着いてる」
「そうそう!」
相手が女だとわかり、男達の顔は余裕綽々で下手に話し出した。マントで剣が隠れているため、見た目で判断している男達に、シーザーの問題以外でも、の苛立ちは募る。しかし、口を挟もうとして、助けに来たのにシーザーに止められた。この手の連中なら、の相手ではない。なのに、手は出すなとに念を押し、男達と路地裏へ入っていった。
「いててっ・・・」
しばらくして、路地裏から出てきたシーザーはボロボロだった。殴られたらしく頬は腫れ、服には蹴られた後が付いている。詰まれた貨物箱に凭れ、シーザーは痛みを我慢しつつ座り込んだ。
「なんで止めたの?」
「あいつら・・はした金とか言っときながら、全部持って来やがった」
「シーザー!」
シーザーの前に立ち尽くしたは静かに呟いた。その表情は強張っており、怒りを堪えるために拳を握り締める。シーザーはと言えば、汚れた服を掃いつつ、顔の痛みを我慢しながらへらへら笑う。痛々しくも、普段の自分を見せるシーザーに、は声を荒げた。
「見る目は間違ってないが、金が欲しけりゃもう少し、相手を選ぶべきだな。まぁ、あんな奴ら、モンスターに比べれっい、てててててててぇ!」
淡々と、態度を変えないシーザーに、痺れを切らしたは目の前にしゃがむと、腫れた頬をグッと押した。それには、流石にシーザーも取り乱し、の手を振り払うと、両手を重ね頬を労わるように添えた。
「なにすんだよ!」
「バカ!助けられたのに・・・」
「いいんだよ」
「よくない。わたしはシーザーをま、もっ!」
予想外のことに感情的になるも、の潤んだ瞳を見て、シーザーは堪えるように口を噤む。助けられたくなくて選んだ行動なのに、どちらにしても、に守られていると気付いてしまった。モンスターは言葉の通じない相手だし、アップルも居るから守られることに違和感はない。でも、ゴロツキぐらい、自分でなんとかしたいと思ったのに、良いところよりも情けないところばかり見られて、これ以上、惨めになるのは嫌だった。の真っ直ぐな言葉を遮るように、シーザーは胸に抱き寄せる。
「シーザー・・・・・」
「守られるばっかじゃ、情けねぇーじゃん」
「そんな・・」
「・・ことあるのさ。オレって弱っちいからさ・・・でも」
驚き、身を任せていたは、発せられる言葉に小さく首を横に振る。それに嬉しいような切ない表情で、シーザーは一度目を閉じ、開くと同時に腕を離し、と向かい合う。
「誰よりも、を守りたいと思ってる」
「シーザー」
「だから、ずっと側に居ろよ」 |
|