ピアス



ほたるの侍女として仕えているは、午後もせっせと働いていた。食事を用意して二廻り、そろそろ良い時間と、皿を下げにほたるの自室に向う。ノックをしても返事がないのはいつものことで、声を掛けてから部屋に入った。



です。失礼します」



扉を開け、は目の前の状況に固まった。数m先に、巨大な布の塊がゴロンと転がっている。



「これは・・・」



驚きながらも足を進め、テーブルに目を向ければ、食事は手付かずのまま残され、さらにベッドは剥き出しの状態だった。ここで、なんとなく見えてきたは溜め息を吐き、布団セットで、みの虫状になってる塊を調べるように回り込んだ。



「やぱり・・・ほたる様」



光の差し込む窓辺に、ベッドから引っ張り出したもの達で頭だけ出した、芸術的な巻かれ方をしているほたるを見つける。ここまでする動力があるなら、食事を取ってほしいと思うであった。しかし、首だけガクッと落ちてても、気持ち良さそうな寝顔にの頬は綻んだ。そこにしゃがみ、起きたら首が痛いと言うに違いないと、先を思い苦笑う。



「器用な寝方しますよね。フフッ・・・っ」



ほたるの寝顔に見惚れていただが、ふと、その視線は耳へと向いた。幾つもの輪が光を反射し綺麗だが、その一方で、耳を貫通して付いていることに恐怖が芽生える。自ら耳に穴を開けるなんて、には考えられないことだった。



「痛くないのかな・・・穴が開いてるんだから、痛い・・よね」



じっと耳を見つめ、怖いものほど見てしまう心理が働き、知らず知らすのうちに手がそっと、ピアスに触れていた。軽く動かした指と一緒に、輪っかも付いていく。



「あっ!動、いた」



こんなにも簡単に動くと思わなくて、驚き、触れた手をまじまじと見つめた。怖いながらも好奇心なのか、その手はまた、耳へと伸びる。完全にの意識は耳へと移り、周りの変化に気付かなかった。



「くすぐったいんだけど」
「ほ、ほほほたる様!」



触れたところで、のんびりとした声に驚き、は全身を震わせた。そこで自分のしていた事の重大さに気付き、慌てて立とうとしたのだが、長い時間、膝を付いてたために足が言うことを利かず、すぐに立てないでいると



「えっ!な、わぁ!」

バファ!

「えっ!えっ、なにが、どうして?」
「どうしてかな?」



目の前の塊が一気に解かれ、あれよあれよのうちにの下には布団が、上にはシーツを纏ったほたるが片手をの背中に廻し、悪戯っ子のように微笑んでいる。今の状況に着いていけてないは、目を白黒させ慌てるしかない。寝る子は育つ。いつもは起してもなかなか起きないのに、こんな時だけ寝起きがいいのは都合が良すぎる。



「もしかして、起きてたなんてことは・・・」



冷静になんて無理な話だが、考え出た言葉はこれしかなかった。その答えは、ほたるの艶っぽい笑みにより、暗黙の了解となる。最初からだとすると、気付かない自分に飽きれもするが、してきた行動の恥ずかしさは、比べものにならないほどのダメージであった。穴があったら入りたい。



「あ、あの・・ほたる様」
「興味あり?」
「はぃ?」



この状態云々、この場からいなくなりたいは、細々とほたるを見上げた。しかし、返ってきた言葉に、は首を捻る。話の見えていないに困った顔をするも、ほたるは企みを隠した瞳を臥せがちに、の首へ顔を埋めた。



「んぅ・・・・・」
「開けてあげようか?」
「あ、ける・・・」



掛かる息がこそばくて、はギュッと瞳を閉じた。次から次へと変わる状況には着いて行けず、頭はこんがらがったまま、打開策など見つからない。ほたるの声を聞き、ほたるの動きに翻弄され、思考は止まったままだった。



「ピ・ア・スだよ」

カプッ!

「ふぇ!ぃ、いや―――――!」



耳に近付いて来るほたるを拒めず、その囁きに思考が結び付いた。が、耳朶を嘗め取るように噛まれる。瞳をパッチリ開いたは、泣きそうな顔の後、精一杯の拒絶でほたるの耳を襲った。



「っ!」
「絶対嫌!耳に穴開けるなんて、痛いに決ってるもん!そんなことしたらっ」



大音量に、ほたるは片目を細め、空いてる手で耳を押さえた。心底怖いは、近い距離だというのに高いトーンのまま話し続け、息を思いっきり吸い込む。そこにはの固い意志があり、ほたるには致命的である。



「ほたる様のこと、嫌いになるから!」



涙でいっぱいの瞳はじっと、ほたるを見つめていたが、嫌いの言葉に合わせるように閉じた瞼からは、大粒の涙が零れた。言いたくない言葉だっただけに、は堰を切ったように泣き出した。からかい半分、本気半分だったほたるも苛め過ぎたと反省し、を追い込んでしまったことに落ち込む。



「わかった。だから・・・」
「ふ、ぇっ・・ほ、たる・・・さまっ・・・・・」



頬を伝う涙を、ほたるは唇で受け止めた。流れ落ちた痕を逆に伝うと、目尻に軽く唇を落とし、それを何度も繰り返す。その行為と、ほたるの掠れた声に、の涙は止まった。滲んだ視界を整えるために数回瞬きし、はっきりと映ったほたるの顔が少し寂しそうで、は包み込むように腕を廻した。



「嫌いとかいわないで・・・大好き」
「わたしも大好き。ほたる様のピアスも好き」



くぐもった声の後、しっかりと耳に届いた言葉には頷き、思いを付け足した。そして、ほたるの耳にそっと唇を寄せる。



「なにそれ。でも、嬉しい」



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