わがまま王〜麻倉家・登校編〜
冬真っ盛りな寒さが続く真冬日。朝から心底冷える寒さの中を、学校だからと毎日起された。パジャマでは寒いので服を着替え、『未来王』改め『ワガママ王』麻倉ハオは、定位置のコタツまで瞬時に移動すると、背中を丸めぬくぬくと過ごすのが習慣になっている。なにもせずにコタツに入っていると、消えたはずの睡魔がどこからか現れる。そのまどろみの中で朝食と、大好きなを待つのが、寒い中、ハオが起きてくる理由であった。
「・・・まだかな。お腹空いたよ」
ハオは冷やりとするコタツの上に、顎を乗せる。同じ家に暮らしているにも拘らず、は朝から忙しくて、朝食の用意に洗濯、軽い掃除と後片付けをして学校に登校。近くにいるようで、遠い。
「いい身分だな」
「葉か、なに」
「なにじゃねぇ!布団ぐらい畳めって」
を思い耽っている背中に、怒りの篭った声が刺さる。この家の主で、ハオの弟の麻倉葉。額に青筋、両拳は震え、なにもしないハオに葉の怒りは毎日であった。
「えぇー!寒いし、面倒くさい!」
「誰だってそうだ!」
「でも、葉の仕事だろ」
「お前が畳まんから!そのままにしてあったら、アンナが怒るから仕方なく・・・」
「可哀相だね」
「誰のせいだ!」
葉がなにを言っても、ハオは動かない。わかっていても言わずにおれず、言えば言ったで蔑んだ目で見られ、葉の怒りは増すばかりだった。葉曰く、といたいなら手伝いに行けば過ごせる時間は増えるのに、それをしないところがハオであり、ワガママ王である。葉に構うのも飽きて、ペタンと頬までコタツにくっ付けた。
「・・まだかな」
「お前・・・」
葉よりも、今はのこと、に早く会いたい。ハオの目は、を待ち焦がれるかのように閉じられる。相手にされなくなった葉は、素直なハオの気持ちが少し羨ましくて、その場をそっと離れた。アンナと当たり前のように一緒にいる葉と、制限された中でを待つハオ。それぞれの思いに違いなんてあるんだろうか?
「ハオ様?起きて下さい」
「ぅ・・・?」
ハオは寝ていたらしく、ぼぅーっとする頭を上げれば、目の前に朝食が並んでいた。ハオの頭分空いたスペースに、は箸とご飯をよそった茶碗に味噌汁を置く。出来立ての香りを満足そうに吸うと、眠気が覚めた。隣にはがいるし、ハオにとって待ちに待った一時。
「!この手、真っ赤だよ」
「あっ!洗濯物を干してたから、すぐ治ります」
膝を突いて、お凡から皆の座る位置に湯気の立ち昇る茶碗を並べるの手に偶然、目が行った。どうして今まで気付かなかったのか、その赤く痛々しい小さな手を、ハオは割れ物でも扱うように優しく掴む。労るように撫でる前に、驚いたは手を引き、なんでもないように振る舞った。その仕草にハオは、拗ねたように口を尖らせ、一人相撲についつい当たってしまう。
「そんなことは、葉にさせればいいんだ」
「ぬっ!」
「ハオ様はそればかりですね」
強く言い切った言葉に、ちょうど入って来た葉は顔を引き攣らせた。無言のまま立ち尽くす葉を見て、は困った顔で味方をする。それがまた、ハオのへそを曲げてしまった。
「葉様を苛めないで下さいね」
「僕が悪者なん、だぁ〜?」
宥めるように言われてしまい、面白くないハオは頭の後ろで手を組むと、寒さも忘れ、後ろへ寝っ転がる。暖まった場所が外気に触れ、寒さを呼び起こす。でも、すぐには素直に戻れない。寒さを我慢し、目だけを廻らせば、寒さも忘れる光景が目に飛び込む。隣にはがいたことを、冷たくされたとはいえ気付かないとは、ハオにとってベストプレイス?があった。
「ぁ・・・・!」
を斜め下から見上げるこの角度。学生服のスカートから普段は見えない腿がチラチラ覗き、腕を伸ばせば届く距離に、触れたい気持ちを抑え我慢。なにも知らないは、コタツの上を整え、ハオの淡い期待を乗せて立ち上がろうとした。スローモーションでも見ているかのように、その一瞬一瞬がハオの目に焼き付けられていく。もう少し、今でも充分角度的に美味しいが、後一息欲しいところで
「(あっ!見え…・・真っ暗?)ガッ!」
もう少し、今でも充分角度的には美味しいが、求めていた領域に入る寸前、ハオの視界は真っ暗になった。冷たい無機質の物体が完全に、視界を覆い潰している。顔の上半分がヒリヒリと痛い。
「あら、今日は豆腐の味噌汁ね」
「ア、アンナ!」
「アンナ様。それ・・トイレの」
「気にしなくていいわ。まだ、することがあるでしょ」
「…はい」
涼やかな声と共に、葉の妻・恐山アンナが朝食を見て、に微笑む。しかし、その形は、とてもミスマッチであった。まるで、ゴキブリでも踏み潰したかのように、ハオの顔半分を、それもトイレのスリッパで踏んでいる。この状況に葉とは呆然とし、顔は仏のように落ち着いているアンナに言われるがまま、はお盆を抱え出て行く。それまでスリッパは乗ったまま、やっと気付いた葉は、憐れな兄に同情した。
「踏み付けるなんて、酷いな」
「これくらい当然よ。油断も隙もないわね」
「トイレのスリッパは止めて欲しかったな」
「自業自得よ」
「厳しいなぁー・・・・・・もう少しで、見れたのに」
「反省してないでしょ」
ハオの誤算は、アンナの存在を忘れていたこと。そして、何事もなかったように朝食を終え、登校となる。
「急がないと、ギリギリかな・・・・・あれ?」
玄関の戸締りをしようとして中を見ると、ハオの靴がまだ残っていた。時間も迫っていたが、学校に来てないことがわかると、アンナに怒られるのはハオだから、怒られないためにも呼びに行く。
「ハオ様?」
「」
ハオはコタツに寝っ転がっていたが、の声に答えた。首を反らし、を見上げたその顔は、どことなくニヤ付いている。
「学校行かないんですか?」
「どうしようかな・・・・・白か」
「えっ?あぁ!」
心配しているの後目に、ハオは念願叶った喜びを口にする。それに気付くまで数秒。下がっても厭らしい目で見ているハオに、の怒りが爆発した。
「ハオ様のエッチ!」
「痛っ!・・・・・・・・鞄投げることないだろ」
真っ赤な顔で、隠すために押さえた鞄を上に振り翳し、ハオの顔目掛け放り投げた。予期せぬ事態にどうすることも出来ず、顔面に直撃。そのまま学校に行ってしまったの鞄と自分のを持ち、追い掛けるように登校した。そのあと、ずっと口を聞いてもらえない日々が続いたのは言うまでもない。
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