独り占め
青い空の下。自由に空を飛ぶカモメが、羨ましいと心から思うのは何故だろう。ルフィ達の旅に同行して、丘では考えられないようなことが多いけど、楽しい毎日を送っているのに、この息苦しさはなに?今日も囚われのまま、一日は過ぎていく。
「ゾロさん?少し緩めてもらえませんか」
船を沖に止め、ルフィ達が食料などの買出しに、近くの島へ行ってしまって早1時間。お世辞にも、広いとはいえないゴーイングメリー号の一角で、大剣豪を目指す『ゾロ』と、そんな彼に片思い中の『』はお留守番。でも、ただのお留守番ではない。じっと我慢していただが、控えめなトーンで真後ろにいるゾロに懇願した。
「逃げるだろ」
低い声で、潰されそうな威圧感とともに却下される。潰された方がマシではなどと、小さく溜め息と吐いた。しかし、それすらゾロに気付かれ、チィっと舌打ちされる。今の状況はというと、の細い体に、ゾロの逞しい腕がガッチリ廻り、組まれ、逃げるどころか、身動き1つ取れはしないのだ。
「逃げません。逃げたことないのに」
「あぁあ。なんか言ったか?」
「なにもありません」
はゾロが好きで、一番最初にこうされた時は正直、ドキドキして淡い期待なんかもしてしまった。でも、それだけなのだ。多少の、今みたいな会話は合っても、後は、ルフィ達が帰ってくるまで甲板の階段に座っているだけで、始めの何回かは、それだけでも嬉しかった。が、回を重ねれば重ねるほど、淡い期待など消え失せ、これはゾロの嫌がらせとしか思えなくなっていた。の小さな反発も、威喝に上から押さえられ、我慢我慢でイライラが溜まりつつある。
「怒るなよ」
「怒ってません」
いつもと違うのとげとげしい返しに、ちょっと驚いたようなゾロは片腕を外すと、指の背をの頬に軽く触れさせた。滑るような、叩くような、からかうみたいに、楽しんでいる。
「怒ってるだろ。膨れっ面」
急に優しくなった口調に、の栓が外れた。後ろを向いて言うのは態勢が辛いので、誰もいない真正面なら胸の仕えを全て吐けるかもしれない。
「もぅ!怒ってます。見ててわかりませんか」
「な、なん…」
「ゾロさんが、わたしのこと嫌いだってことは充分わかってます。なのに、留守番の時になると、こんな嫌がらせまでしてきて…そんなに嫌いなら嫌いで、わたしに構わないで下さい」
お腹からの大きな声。でも、気を抜くと語尾が震えてしまいそうになる。ほんとは迷っているから、これ以上嫌われたくない。ゾロの腕の緩みに気付き、驚いているのがわかった。だけど、止めてしまうのも怖くて、溜まった涙を堪え言いきる。これでナニかが変わるように。
「……お前、鈍いにも程があるぞ」
「鈍いってなんですか!それ以外になにが…ゾロさんが好きなのに、嫌いにさせないで…」
「っ!・……」
驚きから、大きな溜め息が漏れた。廻された腕も少し下がった気がして、呆れたような物言いに、は怒りを通り越して悲しくなった。涙を堪えて、最後の思いを伝える。閉じた目蓋から、堪えきれなかった雫が零れ、ゾロの腕に落ちた。
「な、なんだぁ・…その、嫌いってとこをお前の気持ちに替えてみろ」
今度は動揺が背中から伝わる。後ろを振り向けないは知らないだろう。ゾロの顔が真っ赤であることを、こっぱずかしそうに口を尖らしてやっと、声が出せた。
「ぅっ…嫌いをわたしの…・・…」
「普通は、気付くもんだろ」
頬を流れる涙を拭うことが出来ず、俯いていたの顔が少しずつ上がっていった。ゾロは完全に腕を放すと、なんともいえず頭を毟掻いた。2人の間に沈黙が流れ、は涙を払うと、ゾロに向き返る。でも、手放しに喜べず、疑っているのか、の瞳は不安に揺れていた。
「そんな眼で見んじゃねぇー。好きだ!これで文句ねぇーだろ」
「ほんとに…」
「わりぃーかよ!何度も言わせんな!」
退けた背中に、眼が遠くを向いていた。ぶっきらぼうな言い方に、ゾロらしさはあっても、確かな、あと一歩が欲しい。に変化が見られず、なにか足らない物でもあるのかと苛立ちを抑え、言いきるよりも早く、の体を抱きしめた。
「が好きだ」
「ゾロ・・さん」
「こんな時じゃねぇーと、恥ずかしくて…側にいられねぇーんだよ」
耳から直接、脳に響くかのような囁きに、の大きく開いた瞳からは、違う思いの涙が零れた。どうして、もっと早くに気付かなかったのか?想いは、気持ちは一緒だったのに、長い遠回りを繰り返すところだった。この腕は、怖くなんてなかった。いつも優しく包んでくれていた。
「ゾロさん大好き」
小さな手が背中に廻り、しがみ付くように抱きしめる。上を見上げたは、ゾロの胸で小さく笑う。
「ゾロさん。顔真っ赤」
「う、うるせぇー!黙らせるぞ」
「それに、ぅん」
今までに見たことのないゾロがそこにいて、親近感というか、強い人でも同じなんだと嬉しくなった。怒られついでに続けようとしたの言葉は、不意に下りてきた影に遮られる。唇と唇が触れた。
「黙らせるって言ったからな」
「だからって」
「まだ言うなら…」
「だ、黙ります。っぅん!」
手で唇に触れ、今さっきの感触は目の前で、また別の顔をしているゾロのモノに間違いなくて、驚きと戸惑いが交差する。なにか言いたい気持ちと頭は違って、返す言葉が見つからないまま抑え込んだのに、ゾロは嘘吐きと呑み込んだ。
「勿体ねぇーよな。このままなのも」
「待っ、んん!」
「損してた分。取り返してもいいか?」
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