コックさん
日も傾きだした頃、船内の厨房から思わずお腹が鳴りそうな、美味しい臭いが立ち上る。船長のルフィは我慢の限界なのか、つまみ食いをしょうとヨダレたらたらで試みるも、コックのサンジに蹴り出されていた。それを慣れたように通り過ぎ、ルフィと入れ違いに厨房へやって来たのはサンジの想い人で、前々からサンジの手伝いがしたいと言っていて、サンジが了承したので頃合いを見て来たのだった。それが、サンジとルフィの攻防だった。
「サンジさん。お手伝いに来ました」
「待ってたよ。どうぞ」
有名ホテルの入り口のように、ドアボーイになりすましドアを開け、深々と頭を下げ中へ招くとエスコートする。それをチャンスと、ドアが閉まる前に入ろうとルフィが飛び込んだ。
「おめぇは余計だ!」
「どびっしゃ!…ひっでぇー!だけズルイぞ!」
ドアからサンジの足だけがニョキッと伸び、飛んできたルフィの顔に見事クリーンヒットし、巻き戻したかのようにルフィはデッキに転がっていった。無情にもドアは閉められ、ルフィの嘆きが夕日に照らされた。
「なんだか、ルフィさんに悪い気が」
「気にしないで。手伝いにきてくれたんだから、ルフィなんて食うことしか頭にないから」
ルフィの叫びに、は申し訳なさそうにドアを振り返る。確かに、とルフィの目的は180度異なり、サンジの言うとおり、気にする値ではない。そんな優しいところも可愛いと、サンジはルンルンで調理台へと連れていく。
「ルフィのことはほっといて。まずは、キャベツの千切りからしてもらおうかな」
「はい」
「包丁、気を付けてね」
流し台で手を洗うと、サンジから包丁を受け取る。まな板の上には、大きなキャベツがドーンと構えていた。人の頭より、倍は大きいキャベツに物怖じしてしまう。
「大きいですね」
包丁を片手にいざ!高がキャベツ。猫の手で押さえ、まずは真っ二つに切ろうと包丁を入れた。ちょうど真ん中に刺さりはした包丁が、どうにもこうにも動かない。
「あ、あれ!……包丁が入ってかない」
高がキャベツと甘く見ていたせいか、外側の硬い芯で被われた葉は、そう簡単には切らしてくれないらしい。包丁を両手で押さえ、やっと沈みは下が、ここからが困難であった。
「動かない・…し、抜けない」
包丁を動かそうとすれば、一緒にキャベツが動き、ゴトゴトとまな板の上でシーソーのように不安定な動きをした。遊んでるつもりはないが、キャベツに遊ばれててもは真剣に向っている。
「動いてよ!」
「ちゃん。それじゃ、手を切るよ」
「あ!サンジさん!?」
二進も三進も行かなくなったを見かね、別のことをしていたサンジが声を掛けた。困ってるを見ているのも飽きないが、怪我をさせるわけにもいかないと、背後から廻した手はそっとの手に添えられる。髪にサンジの息が掛かり、密着されたことで、瞬時にの体は硬直した。
「あの…サンジさん!」
「しっかり包丁持って、手はこう。行くよ」
「ぁ…」
前を見るために動いたサンジの顎鬚が、の目の高さにあり、視覚からもその近さがわかる。口しか動かせない体に、ゆっくりとした息遣いが伝わり、蝋人形のように固まったの手は力強く包まれ、包丁を握っている感触は消えていた。どの感覚が働いているのかわからず、鋭く走った衝撃に痛みを感じ、は眼を閉じていた。
「切れてる…」
開いた眼に、まな板の上で真っ二つに切られたキャベツが揺れていた。一瞬の出来事に、まだ状況が理解されていない。あんなにも苦労していたのに、簡単に切れてしまった。
「動かなかったのに、すごい」
「力が違うからね。あとは任せるよ」
離れた手に、やっと包丁を握っていたと重みが戻る。キレイな断面のキャベツをひっくり返し、頭が上がらない思いで、千切りに取り掛かろうとした。が、何も改善されていないことに気付く。
「…サンジさんも、お仕事に戻って下さい」
「ああ。でも、ちゃんが心配だから少し見てく」
「それなら、離れてもらえませんか?」
手は自由になった。でも、サンジは密着したまま、離れた腕はの腰に廻っていて、くっ付きは強化されている。サンジの言い分は、キャベツを半分に切れなかったのだから認めなければならない。が、このようなくっ付きが必要なのかに、邪魔にならなくても、離れてもらいたいだった。
「上からのが見やすいから、気にしないで」
正論なのか、どう返せばいいのか、今のに考える力はなかった。サンジのくっ付きも気になるところではあるが、料理に自信があって手伝いたいと言ったわけではないので、こんな近くで見られるということに、失敗は出来ないと緊張していた。最初は不純な気持ちで、片想いのサンジと少しでも一緒にいられたらな気持ちでいたのに、キャベツを真っ二つに切れない奴は許せないのだろうと、は解釈している。だから、これは監視なのだと捉えた。
「き、切ります」
「どうぞ」
震えそうな手を堪え、包丁を握り直すと、1つ息を吐いて猫の手を添える。サンジのことはこの最、置いておき、キャベツに集中してすぐ、軽快なリズムが奏でられると、キレイにキャベツが刻まれていく。
「上手いね。・・…」
目を見張る腕前に褒めるが、サンジのその表情には企みがあった。視線はの手元から登り、頭のてっ辺を周って、顔で止まった。サンジの右手が動いたのにも気付かない、真剣な表情を見ているのもいいが、見たいのは別の顔。
「ぁ!」
包丁が止まり、薄く開いた口から息とも、声とも、とれる発言と、波打つように体が動いた。一気に色付いた頬を隠すように俯いたに、意地悪にもサンジは耳元で呟く。
「ちゃん。手が止まってるよ」
「(手を止めるのは、サンジさんの方です!)」
口には出せず、今もミニスカートから覗く素足に、サンジの手が縦横無尽に動いている。外から内へ、下から上へ、の反応を伺いながら撫でていた。
「どうしたの?ちゃん」
「サンジさん」
包丁から手を放し、体を支えるように手を着くと、言葉を連ねることが出来ずに唇を噛んだ。言いたいことはたくさんあるのに、意識が別に繋がり、恥ずかしさと一緒に抑え込む。
「ダメだよ。噛んじゃ」
俯かれているとちゃんと見えないので、もう片方の手で顎を上げ、赤みを増した下唇を放させると、薄っすら腫れたように見える唇を、親指の腹でゆっくりと撫で通った。
「ちゃんを料理してもいいかな」
「えっ…」
その手はそのまま首へと下り、細いラインのなぞる。サンジの顔は肌に触れそうなほど近くにあり、頬から耳へと動きながら言葉を紡ぐ。こそばゆさに首が竦んだ。
「食事の準備なら、ちゃんがキャベツと格闘中に全部済ませたから心配ご無用」
「それじゃあ」
「ルフィの奴があのまま引き下がる分けないだろ。皆、外で食べてるよ」
気付けば後ろにいたサンジが目の前にいて、始めからレシピ通り、いけしゃあしゃあと語られる。1人蚊帳の外の外で、理解した時には下準備は終っていた。
「オレはちゃんを美味しく頂きたいんだけど、ちゃんもオレが欲しいよね」
「ぇ、ぁ…」
「ハラペコだよ……いただきます。しても、いい」
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