特別



ゴーイングメリー号の船首は、ルフィの特等席である。潮風を一番最初に浴び、見張り台に登らなくても、地平線の彼方まで見渡せる場所。毎日毎日、ルフィが座っているのを見て、羨ましく思っていた。



「ルフィ?」



だから、今日は思いきって言ってみよう。その場所はきっと、船で一番の特別な場所に違いない。



「どうした?



風に髪を遊ばれ、ふわりと開くスカートを払うと、太陽にも負けないくらいの笑顔がルフィを見上げていた。上と下、両方の眩さに、ルフィは船首から降りる。キラキラした大きな瞳とぶつかり、照れたように麦藁帽子をずらした。



「俺に、なにかようか?」
「うん。ルフィにお願いがあるの」
「お願い?」



麦藁帽子の端から覗けば、祈るように胸の前で手を組んだが、可愛く首を傾げていて、再度、麦藁帽子で視界を遮った。少なくとも、に好意を持っている男は誤解してしまいそうな、ルフィもその一人な為、対応に困る。キラキラ笑顔は期待に満ち、可愛くお願いされても思い当たる節のないルフィは、小声で問い返した。



「あのね。そこに座りたいの」



指差した先を辿れば



「そんなことか・・いいぜ」



そんなことで片付けてしまいたくはないが、自分に出来ることはこれぐらいかと、寂しさも残る。とびっきりの作り笑顔が、気付かれないように。



「いいの?」
「ああ」
「ほんとに、ほんと?」
「ほんとに、ほんと」
「ほんとにいいの?」
「ニシッ。だけだからな」
「嬉しい!ありがとうルフィ!」



が指したのは、ゴーイングメリー号の顔ともいえる船首。それを見れば、なにが言いたいかはすぐに分かる。断られると思っていたのか、何度も問うに、やっと自分らしく笑えたルフィは快く頷いた。それを見て、やっと信じれたのか、嬉しさのあまりルフィに飛び付いた。



!・・…まぁ、いいか」



今の嬉しさを抑えきれなかったは、首にぶら下がるように抱き付いた。いきなりだったので多少ふら付いたが、特別な意味を持たせた言葉は、どうやら伝わらなかったようで、素直に喜ぶに、困った顔はかき消しはに噛んだ。



「気を付けろよ」



小さく頷くと、ルフィに見守られながら船首へと足を掛ける。いつも見ていたそこは、実際登ってみると思いのほか高く、すぐ下が海とあって怖い。膝は笑っているが肘までもガクガクと震え、どこに力が入っているのか分らず、風も意地悪なくらい吹き付けた。



「高ぃんぅ…ぅわぁぁぁぁぁ!」



気を紛らわせようと話し掛けたとき、手が滑りバランスを崩した。前のめりに体は海の上、まっ逆さまに落ちる寸前、ルフィの腕が体に巻き付き助けられた。



「ふぁ〜…びびった」
「ル、ルフィ・・…」



安堵の溜め息に、一瞬下がった体が怖かったがゆっくりと元に戻される。船首に付いた体は震え、腕にも伝わる。



「ルフィ?」
「ちょっとそのままな、よっと」



すぐにでも下ろしてもらいたいのに、船首に置かれたまま不安そうに、今にも泣き出しそうな顔がルフィを見る。の表情に胸が痛むが、今はこれが一番だと思った。慣れた動作での後ろに跨ると、腕を解き、そっと凭れさせるとしっかり体を支え、怖くないようにギュッと抱きしめた。



「ルフィ!?あの・・」
「これで大丈夫!見てみな」



怖かった気持ちも震えも消え、恥かしさと戸惑いでは俯いた。気遣ってくれるルフィの声が近くて、包まれてる腕が温かくて、くっ付いた背中から早くなる鼓動がわかってしまいそう。



「…2つ?もう1つは」



背中越しに、1つは。もう1つは、より少しだけ早くなってるルフィのもの。見上げたの目に、紅くなったルフィの顔が鮮やかに映る。慌てて麦藁帽子で隠しても遅く、遠くに目をやるルフィに、同じなんだと笑った。重なる鼓動に背中を合わせ、ゆっくりと前を見つめる。



「やっぱりここは、特等席だね」
「そうだな。今日は特別いいと思うぞ」
「また、座らせてくれる?…今日みたいに」
「……あぁ」



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