光
誰かの待つ家に帰るほど、嬉しいものはないと思う。窓から洩れる光に、そこに誰かがいてくれるのだと、ホッと心にゆとりが持てる瞬間なのだ。冷たいドアを開ければ、温かな君がいてくれる。
「・・・・・っ!・・いけねぇーってばよ。眠ったらダメだ!ダメだ!」
椅子に座り、巻物と睨めっこすること数時間。うつらうつらと揺れる頭が60℃傾いては首を振り、顔を両手でパンパンと叩いては睡魔と闘う。眠りへと誘う欠伸を噛み殺しては、腕を組み直すと巻物へと集中する。ナルトはこの動作を何十回と繰り返しているのだ。
「ちゃん遅いってばよ・・・早く帰って来て」
気を抜けば、閉じてしまいそうなほど細くなった目で時計を見ては、同じことを呟く。時計の針は、を送り出したのが昨日へと変わり、今日の午前1時を過ぎたところだった。
「・・・・・嘘吐き・だってばよ・・」
消え入りそうな声で、ここにいないに投げ掛けた言葉。眠気の奥で、ナルトは今朝のことを思い出していた。
「準備よし。行くかな」
玄関で身支度を整えたは任務に行くところだった。朝もまだ明けたばかりだし、同居人のナルトには昨日の夜に話してあるから起こさないで行こうとしたのだが、『あぁぁぁぁーー!』、どうやら自力で起きたらしく、時計を見て慌てて玄関へと飛び出す。
「ちゃん!酷いってばよ!起こしてくれないなんて!」
「昨日話したし、寝てるナルト起こすの、気が引けちゃってね」
「オレは・・オレは起こして欲しい!」
眠そうだった顔が急に真剣になって、それにつられるようにの顔も締まった。朝からこんな真剣なナルトを見るのは初めてだった。
「ちゃんが任務に行くの、オレは見送りたいし、待ってたい。オレのがそういうの多いけどさ、たまにちゃんが「いってらしゃい」「おかえり」って言ってくれるのオレすっごく嬉しいからさ・・・言いたいんだってばよ!」
「ナルト・・・」
少し照れながら、でも真剣にを見る目に嘘はなく、正直なナルトの気持ちだと分かる。任務前の嬉しい告白に、含恥みながらも笑顔でも答えた。
「わたしも嬉しい。ナルトがそう思っていてくれたこと、なんか幸せ者だな。ちゃんと守るから、いってきます!」
嬉しすぎて、幸せすぎて、この気持ちをどうしたら抑えられるのか、伝えられるのか、思い付いたのがこの方法だったので、躊躇いなくは、1段高いところにいるナルトに背伸びをした。不意打ちとも言える行動に、ナルトは真っ赤っかで言葉が出て来ない。踵を反し、照れを隠すようにが飛び出して暫し、呆然としているナルトの目に閉まったはずのドアが開き、『今日中には任務終えて帰るからね』、ぴょこっと顔を覗かせたに、バツの悪そうな顔をしたが、言葉はやっぱり出なかった。
ドアが閉まってから十数分後
「・・いってらっしゃい。・・・・・ズルイってばよ」
そこには誰もいないのに、ポツリと噛み締めるように呟く。
言いたくても言えなかったんじゃない。言わせてもらえなかったんだ。触れるだけの子供のようなキスだけど、誓いが込められていたから・・・。
右手でそっと唇に触れ、瞳を閉じれば、柔らかな感触が脳裏から現実に変わりそうで、ナルトは思わず頬を紅くし、手を離した。そして、見るのは時計。さほど進んでいない針を恨めしくも、このまま止まってくれればと思う。
「待つのって辛いってばよ」
机に広げた巻物に突っ伏し、顎で頭を支える以外はグタッと身を任せる。起きているのも限界なのか、全身が異常を知らせるシグナルのように重たくなって、軽い痺れが走った。
「もう・・やばい・・か・・」
自然と下りてきた瞼を持ち上げる力はなく、最後の努力で半眼の瞬きを繰り返すが、視界にはなにも映ってはいない。どこかで寝るなという意志があるが、それはもう空前の灯火。
コトッ・・・・・
「ッ!・・ちゃん・・」
落ちる寸前のナルトの耳に、微かな物音がやけに大きく聞こえた。それがなのか、猫の悪戯か、風なのか、なんの確信もなしに玄関へと向かう。重たいはずの体が嘘のように軽くて、待ちきれず伸ばした腕がドアノブを掴むより先に、ドア開いた。勢いに身を任せたナルトは
「あ!・・ッナルト!」
「ちゃん!」
予想もしなかった出迎えと、飛びついたナルトに驚いて、バランスを崩したは後ろへと尻餅を付いた。痛さを覚えるより先に、胸にしがみ付くように顔を当てたナルトの肩が震えているのに気付く。
「ナルト?」
「遅いってばよ!今日中じゃねぇーし、初日から約束破るし、心配させるな!・・・・・おかえり。ちゃん」
顔を上げたナルトは息をおもいっきり吸い込んで、夜中だというのに叫んだ。が、最後は笑顔になり、向えた。待たされた分、会えた喜びは大きくて、ナルトの目尻は自然と下がり、さっきまでの睡魔はどこへやら、太陽のような眩しい笑顔がそこにある。それにつられても笑顔になった。
「ただいま!ナルト」
目の前のナルトを優しく包むように抱きしめる。2人の中で、温かいなにかが小さく燈り始め、顔を見合わせ笑った。
「ごめんね。眠かったでしょ?」
「まぁー・・・ちょっとは」
「そっか・・実はわたしも・・」
「えっえっえー!まっ待って!」
ドサッ!
部屋の中へと歩き出した2人だったが、1mも進まないまま倒れてしまった。
「ちゃん?あのさ・・」
「・・チャクラ使いきっちゃって・・ごめん」
「いいってばよ。そのお陰で、早く帰って来てくれたんだしさ」
「ナルト・・・」
冷たい床に2人転がった。なのに温かい。任務を早く終らせようと後先考えずにチャクラを使い、それでも間に合わず、足に使いきるほどチャクラを練って、やっと帰って来れた。約束は守れなかったけど、ちゃんとナルトは居てくれる。仰向けなナルトを見ながら、わかったように目が合って、それがとても嬉しくて愛しい。
「このまま寝ちゃお、ね。おやすみ」
「・・・おやすみ。」
強引とも言える言葉に、ナルトは顔を顰めたが、だからといって奥まで運んで行けるだけの力はなくて、の無事を確認したら元の状態に戻ってしまった。寄り添うようにくっ付いてきたに、照れながらも顔を向けるとゆっくり瞼と閉じる。
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