雨の憂鬱
朝方から降り出した雨が、小雨から大降りへと変わり街全体を水浸しにする。たくさんの水溜りに人影は少なく、朝の忙しい活気がない。太陽のない雨の日は、全てが重たく感じる。
「…っ、ぅう〜。・・・・・朝?」
いつもより早い時間に目が覚めた。薄くらい部屋の中に、朝だと確認できるものがなくて、時計を見ようにも光がない。鈍いだるさの残る体を起こし、目が慣れるまで、暫し、ボーっとする。
「寒い・・あっ」
ひんやりとした空気を感じ、肩を竦ませ見下ろせば、なにも着けてないことに今更ながら気付き、ベッドの上に手を這わせ着るものを探す。どれもシーツで、着れるものは無さそうだと判断し、下の床へと手を伸ばした。
「・…これは?」
伸ばした先にちょうど布があり、引っ張り上げて広げたそれは、おぼろげに大きいと感じるが他に探すのも面倒で、袖を通した。羽織っても大きいそれが着てやっと、カッターシャツであると分かった。三つ目のボタンだけ留めると、襟から髪を出し、冷たい床へと脚を下ろした。
「ひゃっ!冷たい…」
シュルルッと右足も下ろした後に、掴もうとしたのか腕が現れていた。
「眠気も飛んじゃうな」
冷たくないように爪先立ちでヒョイヒョイと運ぶ足が、ベッドから一番近い窓の前で止まる。外の音にカーテンを開けずして分かったが、片側だけ引いた。軒下まで射し込む降りに、窓のちょっとしたスペースに置いてあった植木蜂には、充分すぎるほどの水が溜まっていた。
「雨・・か。水やらなくて済んじゃった」
とは言うものの、逆に水のやり過ぎで枯れてしまいそうだった。やっと芽が出始めた頃だったのに、中に入れようにもガラスに打ち付けているので、開けたら雨が入ってくるだろう。どうしようもなくて、ひんやりとした壁に凭れながら、雨に打たれる景色を見ていた。
「おはよう。冷たくなって」
「ロイ!…おはよう。まだ起きる時間じゃないよ」
ほんの数分だったが、体から熱が奪われていった。そして、もう一人の存在に気付かず、温めるよう後ろから抱きしめてきた。少し驚いたが、珍しく早起きな恋人の温もりに身を任せる。
「が起こしたじゃないか」
「えっ?」
「私の体を、何度も触ってたぞ」
「あ、あれは!」
誤解を生みそうなロイの言葉に、先程のことが頭を過ぎる。そういえばと、思い返しているのも束の間、腰に廻した手とは別に、もう片方をの手に重ねて、自分の口元に運んだ。冷たくなった指先にキスをし、その手での髪を掻き流す。
「誘いじゃなくて、残念だ」
「ちょっ、ロイ!」
ロイの行動に頬を染めつつ、為すがままに続いていく。髪の間から覗いた白い首筋に唇を這わせ、噛み付くように撫ぜるようなキスを繰り返した。の反応を感じながら、弱い箇所へも行為は止めない。
「ぁ…んぅ。ロイ」
「なにかな」
「も、う・・じか…んでしょ?」
「あぁー。いいとこなのに」
首から邪魔なシャツを口と顎で肩口までずらすと、大きく開いた胸元に目線をやり、昨夜の痕が鮮明に残る肌に、ロイの気持ちも焦る。重ねたままの手を布の間に滑らせ、上がった体温を冷やすかのように、冷たい指が心地良い。しかし、タイムリミットが無情にも告げらる。ガクッとの肩に顎を置いて、恨めしく時計を睨んだ。
「お仕事ですよ。大佐さん」
「はぁー…もその気だっただろ?」
「ほんとに、残念」
「…」
腰に廻した手に、手を廻し、強く抱きしめるロイから、しょ気た子供の哀愁を感じた。その腕に手を重ねたら、本音がポロリと零れた。見上げた瞳に嘘はなく、まさかの答えにロイは固まってしまう。
「フフッ。早く用意しないと、怒られるよ」
「・・」
「今日はお休みしようかな?雨だからってことで、急げ!」
準備するよう急かすと、ロイの腕から逃げるように離れた。背中を向けたまま、行動も言動もおかしいのは、今になって、先程のことの重大性に気付いたからだ。ロイに甘い態度を見せてはいけない。
「!」
「キャァ!…」
「顔が紅いぞ。誘っておいて、逃げるのはなしだ」
「なっ、や!大佐なんだから、軍の職務を怠ったら部下への示しが…」
「心配するな。一日ぐらい構わん」
「だからって、仕事は仕事でしょ!」
「雨の日は役に立たん」
「はい?」
「今は違うがな。諦めろ」
の考えでは、ベッドの上を通ってドアに向うつもりが裏目に出て、あっという間に組み敷かれ、状況は悪化の一途を辿った。こうなっては、どうすることも敵わない。
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