人、間違い



黒の教団に来て、早一月。



「ここは・・…どこ?」



教団の協力者であった祖父の跡を継ぎ、は17歳という若さで、科学者として招かれた。その能力はコムイに並ぶとも劣らず、仕事は速い。出来る。可愛い。三拍子揃った科学班期待の星なのだが、1つだけ欠点があった。
それは



「研究室は・・…どこぉー!」



無類の方向音痴だと言うこと。
教団にも、もう少し早く来る予定だったのだが、荷物だけ送られ、本人不在が数週間。連絡が入り、向かえに行ったのはイタリア国境近くの村だった。地図を見ても、人に聞いてもわからない地理的な方向音痴だけなら、まだ、女の子によく在りがちなことで済まされたりする。が、の場合、城内でも迷子になるという、特質を持っていた。仕事に関ることは、資料の置かれた場所から1週間前の実験データなど、完璧に覚えていたりするのに、城内の見取りは皆無。



「また、コムイ室長に怒られる…」



廊下の真ん中に突っ立ち、前後ろ、どっちを見ても長い廊下だけで、自分が来た方向さえもわからなくなっていた。コムイに頼んでおいた資料を持って来るよう、言われたまでは良かった。資料は出来ていたし、なんの問題もなかった。が、司令室を1人で出たのが不味かった。あれから数十分は過ぎている。コムイの楽しそうにお小言を言う姿が目に浮かび、は項垂れしゃがみ込んだ。



「これは罠よ。いつもリナリーのいない時に」



来た当初の迷子で、完全に城内を覚えるまでは、同じ女の子同士のリナリーが一緒にいてくれたのだが、それでも迷子になるときは決まって、コムイが関っていた。今もリナリーが不在で、どちらにしても、コムイに遊ばれているのではと、思わずにはいられないであった。



「考えててもしかたない。だれ、か…!」



ゆっくり立ち上がったの視界の端に、黒髪が過ぎるのが見えた。よく見れば、数十メートル先は十字路になっており、微かな足音も聞こえ、誰かが通り過ぎたようだった。



「リナリー・・…」



黒髪が見えたということは、長髪。黒髪で長髪と言えば『リナリー』と、の頭の中で弾き出された。しゃがみ込んでたから気付かなかったんだと、は急ぎ走り出す。



「リナリー!」



見失ってなるものかと、角を曲り追い掛けた。そして、



「待って!」
「・・・!」



リナリーに遭えた喜びが大きくて、は思わず、後ろから抱き付いてしまった。安堵感から背中に顔を押し付け、確かめるようにもう一度、ギュッと抱きしめる。



「よかったー。リナリーに遭えなかったらどうしようか、と?・・・・・リナリーって以がい、っ!」
「離せ!」
「リナリーじゃ、ない。ご、ごごごごめんなさーい!」



腕を弛めながら、リナリーの体型に疑問符が浮び、回り込むようにリナリーを見れば、それはリナリーではなく。全くの別人男性。しかも、怖いほどの殺気が全身から溢れ出ていた。その殺気に中てられ、は震える足で後退り、振り向きざまに謝ると逃げ出した。



「ちっ…」



追い掛ければ簡単に追い着くが、怯えた瞳にそれが出来ず、走って行くを見送る。見ず知らずの相手に、いきなり抱き付かれたら誰だって、脅かし過ぎも否めないが仕方ないことと、歩き出した。






「リナリィィィィィィー!」
?どこ行ってたの」
「リナリー!リナリー!」



逃げ帰った場所は司令室。気が動転していたせいか、無我夢中に走ったら辿り着いていた。頭のどこかでは、記憶しているものなんだろうか。司令室に飛び込み目に入ったのがリナリーで、今度は本物のリナリーがそこにいて、は叫び飛び付いた。迷子の子がお母さんに会えたような、何度も何度も確かめ、ホッと胸に落ち着く。



「どうしたの・・」
「た、大変なことしたかも・・怒ってた」
「誰が?なにかしたの?」
「うんうん。誰って、誰……」



只ならぬ様子に、リナリーは優しく背中を撫で問うと、深く息を吐いてなにを思ったのか、の顔は蒼ざめていた。教団にはいろんな人がいるけど、いきなり襲う!なんて人は流石にいない。がここまで怖がる相手とは一体、誰なのか。話の見えないリナリーは首を傾げる。途切れてしまった話の中、司令室にやって来たのは



「コムイはいないのか」
「神田。今ちょっと…」
「「あっ!」」



声の方に振り向いたリナリーは、取り込んでることを言おうとしたが、それより早く、リナリーの横から顔を出したと、コムイに呼ばれて来た神田はお互いに声を上げた。今さっきの記憶が鮮明に甦ったは、追い掛けて来たと勝手な思い込みが働き、意識が飛んでしまった。



「ちょっと!!」
「知り合いか」
「新しく科学班に入った子よ。誰か呼んで来るから見てて」
「おぃ!・・・くそ」



掴まれていた腕が軽くなったと思いきや、の体が後ろに仰け反り、慌てて支えようとしたリナリーに続き、神田も倒れる手前で体を受け止めた。突然のことに顔を見合わせ、神田の胸に凭れさすようにを預けると、言うだけ言って、リナリーは足早に部屋を出て行ってしまう。残された神田は舌打ちし、こんがらがった糸が少し解けただけで、今、会った2人。面倒なことになったと、綺麗な顔が歪む。



…か」



腕の中に目を向け、先ほどとは180℃違う表情に口元が弛んだ。気絶しているとはいえ、安らかに眠っているあたり、男として複雑であった。頬に掛かった髪を払うと、薄く色付いた頬が目に痛い。



「ぅぅぅ…っ、リナリィ?」
「起きたか」
「あなた、は…っ!」
「俺はエクソシスト。気絶するな」
「エクソシスト!えっあ、さっきはごめんなさい。始めて、ですよね」



少し経ったころ、気付いたのか、はゆっくりと目を覚ました。最初に見た相手に、例えるなら天使の寝顔が一変、アクマでも見たような悍しい顔に一瞬変わった。また気絶されても困ると、すぐに合いの手を入れ、事なきを終える。団服を見て、神田と服を交互に見て、どうしたらリナリーと間違うのか、心の中で反省した。それもリナリー以外で、始めて会ったエクソシストに対してすることではない。



「ああ。初対面にしては、いきなりだった」
「あれはリナリーと間違えて…迷子になってたから」
「迷子?まぁ、どっちにしろ…インパクトは強かったな」



出会って今までを思い出し、神田は含みのある言い方をした。にとっては純粋な間違いで、誰彼構わずではないことを分かってもらいたい。しかし、は神田の意図には気付いておらず、結果。



「へっ?…あ!あああああああああ!」



神田の腕の中にいることに、気付いたときには腰が抜け、2度目の逃亡は出来ずじまい。忘れられない出会いとなった。



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