蕎麦
夕食時になり、食堂もそれなりに混んでいた。殆どがファインダーだが、科学班の者もちらほらいて、その中にもいた。トレイを持ち、どこに座ろうか席を探す。
「どこにしようかな・・・空いてるとこがいいし・・・」
狭い通路をウロウロキョロキョロ。混んでる時間帯だけに迷惑な行為だが、に気付いた様子はなく、男所帯の中をてくてく進んでいった。奥に行けば空席も目立ち、落ち着いて食べれるとトレイを下ろした。
「ここならいいかも」
椅子に座り、目の前の料理に手を合わせる。
「いただきます」
そして、手にしたのは割り箸。
「まだ、ちゃんと挟めないから周りに人がいると恥ずかしいもんね」
パキッ・・・!
「割るの失敗した」
綺麗に分かれるはずの割り箸が、上部で斜めに割れた。こうなると余計に挟みづらくなるんだよと、肩を落としたから溜め息が漏れる。が食べようとしているのは『ざる蕎麦』。蕎麦といえば神田だが、任務でいない間、興味本位から蕎麦を頼み、食べてみると美味しかったので鬼の居ぬ間になんとやらで、の主食となっていた。
「・・・なんとか挟めた!」
掴みづらそうな割り箸で蕎麦を数本挟み、震えそうな手でつゆへと浸した。ここで気が緩んでしまい、挟んだはずの蕎麦がつゆの中で泳いでしまった。
「嘘!せっかく挟んだのに・・・」
こうなると、また挟み直すまでが苦労するのだ。つゆの中の蕎麦は、他の麺に比べれば挟みやすいようだが、見よう見まねで食べていたにとっては、最初の一口がさらに遠くなってしまった。沈んでいても仕方ないし、食べなければおなかは減るし、割り箸を持ち直すと蕎麦との格闘が始まる。
「なんで挟めないの!・・・・・・もう少しで、あっ!」
つゆの中は、ブチブチに千切れた蕎麦が無残に浮かんでいた。その蕎麦を諦めて、新しく取ればいいだけの話ではあるのだが、神田のように綺麗に蕎麦を浚えたかった。つゆを見つめること数分、人影がの席の前に掛かる。
「俺の蕎麦を・・・」
「えっ?・・・・・・ユウ!どうして、帰りは明日じゃ?」
「一つ早いのに乗れたからな。で、これはなんだ」
「そうなんだ!えっと、これは蕎麦、です」
「俺が食べているのは」
「蕎麦です」
「それが最後の蕎麦だって事は」
顔を上げたの前にいたのは神田で、話では明日帰る予定だったのだが、任務も早く済み、帰れない時間ではなかったので早い列車に乗り込み、今に至る。あまりに突然のことで、は混乱しながらも神田の問いに答えていった。そして、核心へと話が及ぶ。
「・・・・・知りませんでした」
「そうか・・・・・」
沈黙が二人の間に流れた。もともと蕎麦を食べるのは神田ぐらいだったので、蕎麦の在庫は他の食材よりは少ない。その最後の蕎麦をが食べているわけであるから、神田の分はないのだ。当然、神田は怒っている。その重い空気の中、先に動いたのはで、トレイを少しずつ神田に近付ける。
「よかったら、食べてください」
「・・・それを俺に食えと」
「あぁ!」
申し訳なさそうに言ったに対し、痛い直球を神田は投げ返した。そうだったと、つゆに目をやれば、人に差し出せる状態ではなかったことに、トレイを引き戻す。
「ごめんなさい。上手く挟めなくて」
「だろうな」
返す言葉もなく、中途半端な位置で立ち往生しているトレイに、神田が手を伸ばした。つられるように目を向けると、割り箸をきちんと持ち、つゆから蕎麦を挟みだし、そのまま、の前に差し出す。きょとんとしたに、神田はぶっきらぼうに口を歪ませる。
「食え」
「えっ?」
「さっさと食べろ」
んぐっ!
口に箸を押し込まれ、蕎麦を食べさせられた。つゆに浸かり過ぎて少し辛かったが、突然のことに、ほとんど噛まずに飲み込んでしまった。神田を見れば、耳まで真っ赤で、恥ずかしさを隠すように蕎麦を啜っている。
「なんだ!」
「もっと食べたい」
「ちっ・・・・・食え」
これはと、は駄目元で物欲しそうに神田に訴えた。どこか自分のしたことに後悔しつつ、怒りながらもに蕎麦を食べさせる。こんな神田は滅多に見れないと、どこか楽しそうには蕎麦を啜った。
「美味しい」
「当たり前だ」
一杯の掛け蕎麦ならぬ、ざる蕎麦でした。
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