磁石
対した怪我もなく、長期任務から戻ったというのに、なぜか神田は不機嫌だった。側から見ても分かる程、イライラオーラを漂わせ、障らぬ神に祟りなしがしっくり来るような状況が続いている。あえて周りも拘らず、遠目に台風が過ぎるのを待っていた。
「くそー・・・なにが、言いたいだ」
ブツブツとボヤキながら、綺麗な顔は歪み、額には薄っすら青筋が浮んでいた。手にしている六幻が今にも発動しそうで、なにかに当たらねば気が済まない.。自然と向った鍛錬場を出たばかりだというのに、足はまた、逆戻りを始める。
「俺はあいつなんか待ってねぇー!あいつなんて・・・」
六幻発動。目の前に在った障害物が無残に砕けた。感情をコントロールしきれないのか、そのままの姿勢で唇を噛み締め、ゆっくりと顔を上げる。大人気ない自分が腹立たしくも可笑しくて、薄ら笑いを濃くした。
「とんだ茶番だ。・・・に、ここまで乱されるなんて、な」
六幻を納め、悲壮感に片手で顔を覆う。その奥には、誰にも見せたことのない恋焦がれる素直な神田がいた。苦しい胸の内を、ただ壊すことでしか表せない子供じみた一面の裏には、に対する言い表せないほどの愛しさが隠れている。今の神田が求め、必要としているのはだけ・・・。
「ユウ!」
鍛錬場から自室に向っていた神田の背に、待ち侘びていた声が掛かった。足を止め、振り返った神田の表情は少し和らぎ、瞳にを姿を捕える。
「・・・っ!」
「ごめん」
駆け寄って来たは寸前でよろめき、神田はしっかりと受け止めるも、複雑な表情で肩を引いた。はっきりとは見えなかったが、の顔は少しやつれていて、覗き込んだ神田を避けるように顔を反らす。見られたくなさそうだが、相手は神田なのでそうも行かなかった。
「・・・その顔」
「っ見ないで。酷い顔、してるから」
顎に掛けた手が上を向かせたが、軽く払われ外された。いつもと違い、血色のいい肌は蒼白く、パッチリ大きな二重は力なくて、おまけに隈までしっかりと出来ている。こんなを見るのは初めてで、困難な任務よりヘビーに堪えた神田であった。そんな神田を察してか、は疲れた顔で精一杯の笑顔を作り、自分のことよりも今は神田に伝えたいことがあったから、その為に来たんだと、この際、顔のことは二の次である。
「ユウ・・・おかえりなさい。3日、遅れちゃったけどね」
「・・ただいま。でも、どうして」
「コムイ室長に、データ整理終わるまで監禁されてたの」
「あの野郎!」
「ユウ・・・」
万全ではないのにはとても綺麗で、その笑顔につられて神田も少し笑った。でも、心配な瞳はそのままで、神田が任務から帰って3日目。やっとに会えたが、会えなかった理由を聞いた途端、綺麗な神田の顔にコムイへのドス黒い念が降りた。がこんなにボロボロなのもコムイのせいで、不眠不休で神田の為に働いたのだ。
「!」
「ごめん・・・平気だから」
ふらりと膝の折れたを慌てて支え、珍しくも神田は少し取り乱した。顔色は変わりないが、の身体は限界に近くて立っているもの辛いはずなのに、神田に迷惑は掛けまいと距離を取ろうとした。
「なにが平気だ」
「あっ!下ろして・・」
離れようとしたを、間髪を容れずにお姫様抱っこした。慣れない行為に慌てたであったが、神田の真剣な表情に言葉が出ない。
「倒れられたら困るからな。部屋まで連れて行く」
「ユウ」
「それから、着替えさせて、添い寝して」
「ユウ・・・」
「後は、目覚めてから考える」
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