お風呂



夜も更けたころ、終らない仕事に科学班一同、血反吐を吐く思いで机に向かっていた。働けど働けど、やっぱり終わらない。その中に、の姿もあった。机いっぱい山積みの書類に囲まれ、僅かなスペースで小さくなりながら仕事を片付けている。



「よし・・・・・・終わった。ノルマ達成」



山積みの書類は全て終わったもの。目の前の用紙には、解かれた化学式が事細かに書かれている。今日とは言えないが、一段落した仕事に、椅子の背が限界と軋むまで後ろに伸びをした。固まった体を解すように、トントンと肩を叩き、クルリと周りを見れば、皆、鬼のような形相をしている。1人煉獄から出るのは忍びないが、こればかりはしかたがない。



「さて、運びますか」



山の書類をキャリーに積み替え、飛ばないように重しをして、足早に出て行く。背中に刺さる視線が痛いが、心を鬼にして、また数時間すれば戻って来なくてはならない煉獄に、暫しの別れをした。






「そっか・・・工事中だった」



お風呂場女湯の前で、は立ち尽くす。入り口に貼られた工事中の紙に、がっくり肩を落とすことしか出来なかった。疲れを取ろうと、唯一の楽しみだったお風呂に入れない。その現実に、は壁に頭を軽くぶつける。



「酷い・・・・・こんなことって、!」



項垂れつつ、ゆっくり頭を上げたそこに、天の導きを見た。コソコソと辺りを見て、さっと中へ。そこから先はより慎重に、人がいないことを確認しながら奥へと進んで行く。



「こんな時間だもん。誰もいないよね」





ガラガラ・・・・・

「湯気で・・・前が」



扉を開けると、立ち込める湯気で前がはっきりと見えなかった。一枚のタオルを胸の上からダラリと垂らした姿で、洗い場に足を下ろす。さすがにタイルは冷たくて、足の裏から背筋にかけて身震いが走った。でも、浴槽が3つあるだけあって、蒸気で足裏以外は体感温度が高く、進むにつれ、浴槽から零れ出るお湯でタイルも温かい。ペチペチと水の付いた足音が湯気に包まれ、天井へと響いた。



「あれ?めずらぁあ!」
「あっ!」



湯船がぼんやり見えたころ、その中に陰があり、誰もいないと思っていた男湯に、先客が入っていた。ここは男湯。どうしてもお風呂に入りたかったは、女湯が工事中に付き、時間も時間だし、誰もいないと高を括って入った結果が、これである。確認を怠ったのか、考えが甘かったのか、今更なにを言っても遅い。驚き、固まった2人は、お互いを見て、さらに驚いた。



・・・」
「アレン君・・・」



2人の距離は1m強。数秒の沈黙がとても長く、どう動けばいいかを考えていた。アレンは乳白色を湯の中だからまだいいが、はタオル一枚。脱衣所に戻るにしろ、振り向けばお尻は丸見えである。その長くて短い時間の中で、の選んだ道は



「ごめん。入ってるとは思わなくて、後にするね」
?」



思わぬ状況にアレンもタオルを探すが、の動きに目を向けると、タオルを押さえ、後ろ歩きで戻ろうとしていた。ちょっと呆気に取られたが、その先にある不用意に置かれた桶に気付く。



「待って!桶が!」
「えっ?・・・あっ、ちょ・・・・・なぁわ!」

ずっ、てん!

!」



注意しようとしたが間に合わず、は桶に足を取られ、見事に引っくり返った。数cm飛んだ桶が、乾いた音を立て落ちる。取るものも取らず、アレンは急ぎ助けに上がった。



、大丈夫?」
「いったぃ!ちょっと打っただぁ!」
「へっ?あぁ!」



アレンの問いに、痛そうに体を起すだが、顔を上げた途端、耳まで真っ赤にして顔を反らし、付け足したように体を丸め隠した。アレンは頭を掻き、恥ずかしいような複雑な表情で、から視線を外す。2人は一糸纏わぬ姿だった。






ちゃぷん・・・

「男湯のが女湯より広い気がする」
「違うの?」
「うん。でも、今、工事中だから、どうなるかわからないけど、ね」



2人は結局、一緒に入ることにした。アレンと多少距離を置き、は一回りするかのように見回す。女湯とは多少造りが違って、温泉の風情に心も体もリラックスしていた。仕事の疲れが飛んでいき、乳白色のお湯から腕を出し大きく伸びをして、顎ギリギリまでお湯につかった。



「気持ちいいー」
「全く」



暫し、極楽ムードで、アレンの存在が小さくなっていた。忘れたわけではないけど、忘れさせられたに近い。少し前のと違って、完全に無防備でいられると、なにもしないつもりでいたのに悪戯心が芽を出してしまう。白い肌は薄っすら色付き、普段は見せないうなじが目に毒で、お湯から出ている細い肩のラインが、アレンの欲情を煽った。



「!、なに・・・アレン君?」



は自分でもお湯を揺らしていたので、背後の水音に気付かなかった。そっと近付いたアレンは、腰に腕を廻すと引き寄せ、外気に晒されたままの肩に口付ける。唇を這わすように何度も繰り返し、首筋へと昇っていく。



「アレン君っ!ちょ、と。だめ・・・」
「これでも我慢してたんだよ。が・・・誘うから」
「う、んぅ!普通に入って、た」



アレンの行為に首を竦め、下手に動くことも、逃げることも出来ない状況に陥っていた。片方の手でアレンの腕を押さえながら、もう片方は、不自然な体勢からアレンの体を離そうと伸ばしたが、届かずお湯を弾くだけだった。首筋のの弱い部分でわざと止まり、肌に触れるか触れないかの距離で、息を交え話す。こそばゆさから、一瞬、全身に緊張に似たものが走りる。



「普通にね」
「あっ!・・・・んっ」



顔を離すと同時に、アレンの腕が水中を泳ぐ。の片手で両手は押さえられず、膨らみのギリギリを通り過ぎ、そのまま顎へと渡り、横を向けさせられる。またも緊張が走り、ドキドキする間もなく口付けられた。お湯で逆上せているのか、アレンにか、の判断力は低下していく。



「・・・ちょ、っと・・ダメ!誰か来たら、どうぅんっ・・・・」
「誰も来ないよ。この時間に入ってきたのは」
「っあ・・ん、・・・・・っぅ!」
が初めてだよ」



アレンはくぐもった笑みを堪え、の耳に熱っぽく囁いた。



back