口実
任務から帰って早々、暴走したコムリンUにより散々な目に遭ってしまったアレンだが、ヘブラスカに回収したイノセンスを渡し、一時、任務は終了。だが、休むことなく足早にあるところへ向った。
「どこかな?」
科学班や城内にいた者達はみな、壊れた箇所の修理にあたっていた。見るから無惨な惨状に、各々の愚痴が鳴り止まない。そのあちこちを見回しながら、アレンは誰かを探しているようだった。進むにつれ酷くなる中、少し前まで自分がいた科学班研究室を覗く。
「アレン君。どうしたの?」
「あっ!」
後ろから声を掛けられ、驚き振り向いたアレンはその相手、科学班の若き逸材で、恋人で、今は探し人でもあったに駆け寄る。両手に抱えた、たくさんのファイルを代わりに持ち代わった。
「アレン君?」
「どこに運ぶの?」
「…奥の本棚」
「はそこにいて」
「ちょっと、アレン君」
を残し、足早にファイルを持っていった。アレンの行動がわからぬまま、は首を傾げ、入り口の壁に凭れる。そういえば、まだ言ってないことがあったと、瞳を閉じた。
「あの、ココでいいですか?」
「あっあ、アレン?」
「なんで、アレンが?」
奥に行くと、科学班の人が数人いた。ファイルを持って来たのがアレンだったことに、驚き戸惑い、動いていた手も止まり顔を見合わす。頼んだのはだった。
「それなんですが、を借りてもいいですか?」
「あ、ああ。ここは人手が足りてるからな」
「どこも忙しいだろう」
ファイルを置き、暗がりの中にアレンの笑みが刻まれる。旨い具合に勘違いをしてくれたことをいいことに、たいした理由も言わず、を連れて行けるのだから。人手の足りないところは山とある。
「ありがとうございます」
勢いよく礼をすると、来た方へ走っていった。自分もそうだが、周りにも大迷惑をかけた騒ぎに、少しばかり感謝している。こんなことでもないと、と一緒にいられないから、騙したことに心が痛まないわけではないが、理由もないわけではない。
「!」
「アレン君。おかえりなさい」
戻ってきたアレンに、笑顔と一緒に言ってなかった言葉を紡いだ。『おかえりなさい』大きな意味のある一言に、ゴタゴタしていて遅くなってしまったが、効果はある。それにの笑顔付きともなれば、効果は絶大であった。改めての再会に、久々で、思わず頬を紅くしたアレンは照れながら頭を掻いた。
「ただいま。やっぱ嬉しいな…に言われると、また違う」
「そぅ、かな。…遅くなったけど、わたしも嬉しいよ」
お互いに喜び、照れて、余韻に浸る。見つめあった瞳から気持ちが通じ、そっと出したアレンの手をは握った。繋がれた手に笑顔も近付いていく。
「怪我。大丈夫」
「それはアレン君でしょ」
「隠しても、わかってる」
鼻先数cm手前でアレンの顔はスッと反れ、の耳元で呟いた。そのことに報告からアレンに切り返すと、そっと動いた片方の手がの白衣を揺らす。咄嗟に下げた右足に、動揺がの顔に表れた。
「ほんとに、怪我なんて」
見つめたアレンの顔から嘘だと、口には出さずに言っているのがわかる。辛そうに、顔に影が落ちた。
「守れなくてごめん。見てたから、立つときも痛そうだった」
「アレン君…大変だったのに」
アレンの言う通り。コムリンUの暴走時、仮眠のため研究室にいなかったは騒ぎを聞きつけ、あの現場に出くわした。運悪く大砲乱射と重なり、弾丸は当らなかったが避けたときに、崩れてきた瓦礫が足に当たってしまった。ちょうど白衣に隠れる位置で、あの騒ぎで誰もが混乱状態だったため、余計な心配はかけさせまいと黙っていたのに、アレンだけは気付いていてくれていた。
「ごめん。」
謝るアレンが痛々しくて、でも、嬉しくて、寄り添うように抱きしめた。アレンの胸に顔を押し付け、誰のせいでもないと首を振る。
「わたしがドジなだけだから」
気にしないでと笑顔を見せたに、グッと拳を握り、思い詰めたように口を開いた。
「……せめて、傷の手当てはさせてほしい」
「こんなに腫れてる」
場所は変わっての自室。ベッドの上に座り、足を伸ばしたそこは衝撃を物語るように、赤く痛々しく腫れあがっていた。弁慶の泣きどころから横にずれているものの、よく痛みを我慢していたものだと感心してしまいそうになったが、左と比べれば倍に腫れているそれに、怒りを覚えた。
「よくこれで、歩いてたよね」
「アレン君…目が」
冷たく傷を見るアレンに、一抹の不安が過ぎるも束の間。ふいに伸びた手の先は人差し指だけ、不安的中に蒼褪めることしか出来ず、意地悪にツンっと、腫れの天辺を突かれた。
「きゃぅ〜んん…もしかして、怒ってる?」
「当たり前。痩せ我慢にも程がある」
「ごめんなさい…」
針でも通されたような痛みが走り、悶えるの目には薄っすら涙が溜まり、シーツをギュッと握り締める。当然と言わんばかりのアレンに、自業自得と素直に謝った。
「これで治るといいけど」
「冷たい…ありがとう」
救急箱から湿布を取り出しフィルムを剥がすと、さっきとは違い、優しく貼る。ひんやりと冷たく熱が奪われている感じに、は目を細めた。これで少しは違うだろうし、仕事にも戻れると思ったが、違う違和感に気付く。
「ア、アレン君!」
湿布を丁寧に貼ってくれた手が、そのまま上へとスライドしていた。
「他に傷がないかと思って」
「怪我したのはここだけだから!」
膝を越え、手と目で確かめながら撫で上がる手を、は慌てて止めた。さっきまでの治療とどこか違う気がして、急に、足を見られていることに恥ずかしさが込み上げる。
「自分の目で確認しないと、まだ隠してるといけないし」
「隠してない!アレン君見てたんでしょ!」
「そうだけど、見落としてるかも」
アレンの言葉が本気なのか、からかっているかの区別も付かず、なにを拒んでいるのかわからない。ただ、腫れた箇所の熱が分散され、触れられた部分が熱く、頬までもが触らずとも熱を帯びたことを感じる。押さえてる手までが熱くて、気付かれていると思うだけで顔を上げていられず、隠すように俯く。
「どうしたの…。熱いよ」
「ゃっ、ダメ!」
耳に、息が掛かる話し方をしてくるアレンは確信犯で、段々と小さくなるは洞穴に追い込まれた兎。タイトスカートとはいえ、座れば丈も多少短くなり、押さえていた手はジワジワと意志とは反対に進み、裾に届いたところで止まった。
「誘ってるのって…の方だと思うけど。違った」
椅子からベッドに膝を付くだけの格好が完全に乗り上げ、の顔を覗き込むように近付くと、おでこをコツンとくっ付ける。
「ちがう…」
「じゃ、僕かな」
「…だめ」
「悪ふざけが過ぎたかな…帰れないよ」
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