カギ
任務から帰ってきて、一番に聞いたのは『おかえり』ではなかった。『おかえり』たった四文字の言葉なのに、帰ってきたという安心感が持てるのはなぜだろう。それが、今日は違っていた。安全?な総本部で、帰ってきたこっちを不安にさせる言葉を聞いてしまった。
「が倒れた」
リーバーと会って、まだ数分と経っていない。たったそれだけしか聞かずに、気付けば走り出していて、今の状況がどうなっているのかもわからないまま、のことだけを考えて走っていた。不安なまま、自分の軽率さは否めない。
「あっ!アレン君。おかえりなさい」
「ただいま!は!」
各自室への廊下を走っていたら、ちょうど、の部屋から出てきたリナリーと出くわした。驚きつつ、笑い掛けるリナリーの手には水を張った桶とタオルが添えられていた。息を整えるよりもで、慌しく問い掛ける。
「フフッ。大丈夫よ。その様子じゃ、何も聞かずに来たのね」
「えっ、……ハイ」
「寝不足と過労が重なったの。丸2日眠ってたから、今は起きてるわよ」
「そっ…か。良かった」
リナリーの的を射た言葉に、胸中穏やかでない自分が笑われたようで、照れ隠しに鼻を啜る仕草をした。進む話に、やっと事情が分かり、安堵に壁に凭れ込んだ。フッと、解けた緊張に、リナリーは桶の水が零れるほどの勢いで、アレンに向った。
「良くない。アレン君からも言ってやってね!」
「えっ?寝不足?」
「それもだけど。カギよ!カ・ギ!」
リナリーの勢いに押されるがまま、アレンの頭に?マークが飛び交う。何に怒っているのか、絞ったタオルが鼻先を掠る。見えない話に疑問符を返した。
「カギ?」
「そう。カギ!ってば部屋の鍵してないんだよ。いくら家だって言っても、周りは…だから、ちゃんと注意してあげてね」
「…わかった」
「じゃ、あとはよろしくね」
パチクリと、アレンも知らなかった事実に言葉が出ず、リナリーの言いたいことに共感できた。ここは大半が男ばかりだということに、自分も気付いていなかったと、一抹の不安が過ぎる。反対に、スッキリしたのはリナリーで、笑顔で立ち去っていった。残されたアレンは、控え目にドアをノックした。
「。入るよ」
ドアからそっと覗き、中を窺う。何度か来たことのある部屋だが、今はなぜか違って見える。部屋のカギは掛かっていない。
「アレン君。おかえりなさい」
寝ていたのか、布団を捲り、ヒョコッと顔を覗かせたは元気そうだった。いつもの笑顔に安心してドアを閉めると、ベッド脇の椅子に座る。
「ただいま。大丈夫?」
「うん。心配掛けてごめんね」
体を起こしたは、アレンと同じ高さになって、堪らず下を向いた。モジモジと布団を弄りながらも、帰ってきてくれた嬉しさと、心配を掛けてしまった申し訳なさに、アレンの顔が見れなくなった。
「倒れたって聞いたから驚いた」
「2日も前のことなんだけどね。わたしも驚いちゃった」
「無理するなよ」
「それはお互い様。でしょ」
俯いたままのに、そっと手を伸ばし頭を撫でた。そのなんでもないことが、今はすごく嬉しくて、の顔に笑みが戻るとアレンを見つめ、いつもとは逆な立場に2人で笑った。任務から帰ってくるアレンは殆ど怪我をしている。その不安を分かち合えたのかもしれない。
「そうだ。カギしてないの?」
「えっ、うん」
「うんじゃなくて、なんでしないのさ?」
一つの不安が解決し、リナリーに釘を刺されたカギのことを思い出して聞いてみた。すると、なんであたり前のことを聞くのかという顔で返され、アレンは身を乗り出して再度、聞き返す。これはアレンにとっても大事なこと、任務でいないときなど、がアレンを心配するよりも不安は大きい。
「家なのに、カギなんて必要ないでしょ」
「家でも、勝手に入ってこられたら嫌だろ」
「いません」
さらりとした発言に、アレンの右眉はピクピク動いた。リナリーとも、この話題で揉めたのでもう話したくないと、不貞腐れたように布団を頭まで被ると寝てしまった。困ったように頭を掻いたアレンは、さっき別れたリナリーの言葉を思い出した。
「(注意してあげてね。っか)」
目を瞑ると、頭の中で何かを納得し、椅子から立ち上がると同時に、ゆっくりと目を開く。そのことに、は気付かなかった。
「いるかもしれないよ。こうして」
声とともに、ベッドが別の重みで軽く沈み、布団を顔が見えるまで捲られる。明るくなった視界に目を細める暇もなく、影に覆われた。
「アレン君?」
「人は、善人ばかりじゃない」
了承は得ているのだから、問題はない。これは注意のための行為。
「僕も例外じゃないよ」
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