香り



1度はベッドに寝たものの、数時間ほどして目が覚めた。眠ろうと目を瞑るも、寝付けずアレンは体を起こすと立ち上がる。ここでじっとしていても眠れそうにないので、教団内を歩いて来ようと部屋を出た。



「ほんっとに広いとこだよなー」



案内はされているが、使うところといったら限られるし、まだ行ったことのないところもある。こんな時間に回ることもないが、眠くなるまでの探索と銘打ち、回ることにした。



「談話室も来ないよな」



中を確かめながら談話室に入ると、備え付けられた椅子に座る。背もたれに凭れ、その動作に首も繋げると、90℃近く仰け反った。そのまま天井から左右隈なく見渡したが、人が居るわけもなく、アレン1人、静か過ぎる談話室に寂しくなって出て行く。どこに行ってもこんなだろうと、部屋に戻ろうかとも思ったが、歩いていれば眠くなるかもしれないし、少し寂しいが進むことにした。



「誰もいないよなー」



時間が時間なだけに、どこも人の姿はない。会いたいわけじゃないけど、この広さに一人ぼっちな錯覚さえ起きそうである。寂しい思いをするだけなので、もう寝ようと食堂の前に差し掛かったとき、灯りを見つけた。必要最小限の灯りは、どこでも点いていた。それとは違う。人がいるのであろう光が射している。



「誰だろ?・・…あれは」



気持ち早足で食堂を覗けは、入り口から遠く、厨房から近い場所に光が注いでいた。その一角だけの光なのに周りも照らし、歩くには不自由しないだけの明るさがあった。気付けば足は進み、顔が綻ぶのはなぜだろう。足だけでなく、気持ちまで急かすモノとは、



「こんな時間に読書ですか」
「っ!アレン君!」



声を掛けるまで気付かれないとは思ってなかったアレンは、肩を震わせ驚いた様子に悪いことをしたと、頭を掻いた。首だけで振り返ったが、アレンを確認すると読んでいた本に枝折りを挟み閉じると、体ごと向き直した。



「ごめん。
「ううん。ちょっと息抜きしてたの。アレン君こそ、どうしたの?」



申し訳無さそうに謝るアレンに、首を振り、笑顔で尋ね返すは、科学班の若き逸材であり、アレンの恋人でもある。アレンが浮き足立ったのは、を見つけたからで、今までにこう言ったことがなかった。2人になることなど、周りに群がる虫が許さなかったためである。



「僕は眠れなくて…散策を」
「そうなんだ。でも、ちゃんと眠らないと、アレン君の代わりはいないんだからね」



2人だけに慣れていないからか、アレンはちゃんとを見る事ができず、視線が浮かぶ。そんな事とも知らず、は真っ直ぐに見つめると、ピシッと鼻先に人差し指を差し、最後には可愛く首を曲げ諭した。ドキッと跳ねた心に、アレンは頬が紅くなるのを抑えた。



「わかってるよ。こそ、徹夜じゃないのか」
「えっとー・…そうだけど」



照れ隠しか、今度はアレンが指を指し、言い終わると同時に、をおでこをちょんっと突く。痛いところを付かれ、言葉に詰まった。こんな時間に起きているのは科学班ぐらいで、今は休憩のため食堂に来ていた。



「そうだ。アレン君もなにか飲む?」
「はぃ?」



テーブルの上には本とマグカップが置いてあった。そのカップに目を向けたは、話を変えるべく、飲みかけのココアに話を持っていく。ここには読書も兼ねて、ココアを飲みに来たのだった。



「ココア飲みに来たんだ。アレン君もどぉ?」
「僕はいいです」
「そ、そう」



煎れに行くと立ち上がったが、アレンが断ったため、残念そうに座り直した。飲みかけのマグカップを手に取り、冷めてしまったココアを一口飲んだ。そのちょっとした動作に、アレンの鼻は変化に気付く。



「いい香りがする」
「えっ?香り」
「うん。から」
「わ、わたしから!」



鼻をクンクンと動かし、体を前屈みに、の肩越しに近付ける。香りと言われ、慌てて自分でも腕を顔の前に持ってきて確かめる。お風呂には入ったし、服も替えた。



「甘酸っぱい香り」
「あっ!お風呂に入浴剤入れたからかな」
「ふ〜ん」
「ア、アレン君!う、腕!」



アレンの一言に、手をポンッと突いて思い出した。最近、疲れが溜まってたからリラックスしようと、入浴剤を入れたのだった。香りはラズベリー。ついつい長風呂をしてしまいうと、思い耽っていたら、アレンが後ろから抱き付くように、肩に顎を置くと、腕を廻した。予想もしてないアレンの行動に、全身が熱く燃えているようで、目をギュッと瞑ると、すぐそこにある存在から離れようと顔を逸らした。



「なんの香り」
「ラ、ラズベリーだよ」
「ラズベリー・・・か。じゃ、こっちは?」
「こっちって?」



でも、それが裏目になり、反らされた首筋にアレンの息づかいを感じた。近付くそれを止められず、気付くよりも早くに触れたモノは、温かくて、柔らかくて、離れたくないと、行き場の分からない腕が空を掴む。



「ミルクココア味」
「・・…」
「ごちそうさま」



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