水捲き
浦原商店前では、今日もジン太&雨のお掃除が、遊び半分・怠け半分で行なわれていた。竹箒での掃き掃除も、雨が1人で済ませ、外のお掃除終了のはずが、サボって姿の見えなかったジン太が、奥から水を並々汲んだバケツを持って現れた。
「なにするの?」
「水捲くんだよ」
零さないよう慎重に、一度バケツを地面に置いた。半袖のTシャツを、捲くる必要もないのに腕捲りし、準備OK〜!と、バケツを再度持ち上げる。
「柄杓は?」
「ない」
捲く気満々のジン太に、水撒きには必要な物があると問い掛けるが、邪魔すんなと顔を顰め、すっぱりと言い切った。二文字で終わられた重大な欠点に、雨は固まってしまったが、大きく腕を振り被ったジン太に我に返る。
「ダメだよ。持って来ないと」
ジン太の腕を掴まえ、バケツを下ろすよう止めに入った。しかし、
「うるせぇーな!一気に捲くんだ!」
「ダメだよ」
「離せ!このヤロー」
「離さない」
雨の静止なんか聞かないジン太は、邪魔者を排除しようと足で応戦する。が、雨も非道な水撒きに、よそ様が被害に遭うかもしれないと、負けじと喰らい付いていた。小さな2人の揉み合いが暫し、バケツの取っ手を引っ張り綱引き状態になった。バケツはユラユラ。水はチャプンチャプン。
「離せ!」
「離さない」
2人の攻防に決着の時が迫る。限界まで引っ張られたバケツは取っ手から容器が外れ、振り子のように揺れていたため下に落ちることなく、勢い余って飛んでしまった。
「「あ!」」
2人の声が重なるが、時既に遅し
バッシャー!
「!……」
固まる3人。3人。運悪く通り掛ったために、突然、天気もいいのに空から水を被せられた通行人1名。ジン太&雨の手から残された取っ手が落ちる。その方向へ顔向け、見合わせる3人。水が滴る。汗が垂れる。
「冷たい」
「ごめんなさい」
「ヤバイ!テッサイさんに見つかったら・・・」
「どうしました?」
「げぇ!ヤバッ!」
走り寄り、謝る雨の後ろで、ジン太はあとの雷に足が下がる。バレるのはわかっているのに、逃げ腰な背中に聞きたくない声が掛かり、引き攣った顔のまま、ジン太の記憶は一時途切れた。
「ほんとに、平気ですから。家近いですし」
「そんな訳にはいきません。どうぞ中へ」
「返ってご迷惑になりますから」
「なにを仰いますか。ご迷惑を掛けたのはこちらです」
浦原商店の入り口で、テッサイ&雨が水を掛けてしまった通行人を引き止めていた。頭の先からずぶ濡れで被害者なのだが、遠慮よりはこうなったことが恥ずかしくて、この場から離れたいという心理が働く。いつもはジン太と雨が騒ぐ程度だが、今日はテッサイも混ざり騒がしいと奥から喜助が顔を覗かせた。
「騒がしいね。なにかあったのかぃ」
「あの・・・」
一斉に視線を向けられた中に、知らない顔があった。その直後、喜助は草履も履かずに駆け下り、見知らぬ少女の手を取る。驚いたのは、テッサイと雨で、一歩下がり傍観者になっていた。それと同じくして、入り口の戸に凭れ掛かっていたジン太が、ゆっくり目を覚ます。
「アレ・・・・?ココ、は」
「どうなさったんです?ずぶ濡れじゃありませんか」
「あの、手」
「うちの子達がやったんですね。申し訳ありません。どうぞ、服が乾くまで、なんなら昼食でもいかがです。夕食でも構いませんよ」
「あっ、わたし・・・」
「さぁ、中へ。お茶でも入れますね。そういえばお名前は?」
ぼんやりとした視界の中で、喜助が水を掛けてしまった少女の手を握り、中へと連れて行こうとしていた。なにが起きているのかわからず、頭を擦りながら立ち上がったジン太の前で、強引な喜助に成す術なく、少女はあたふたと助けを求めるように、周りに目を向ける。しかし、誰も答えてくれず、3人を背に奥へと引かれて行った。
「どうなってんだ?」
「ここは喜助様に・・・・・・」
ジン太の問いに、テッサイは答えになってない返事を返し、雨は心配そうに見送っていた。主人のよからぬ行動に、溜め息が洩れる。
「・・です。あの、気持ちだけ、っくしゅん!」
「ほら、風邪を引いてしまいますよ。さん」
「あっ・・・・」
仕方なく名を言うが、帰ることを諦めたわけではない。でも、思ってたより体は冷えていたようで、苦笑いを浮かべた喜助に窘められ、名を呼ばれたときに胸のざわめきを覚えた。繋いだ手が熱い。
「バイトの面接、ダメになっちゃったかな」
「バイト?・・・・・・いいとこがありますよ」
「えっ!」
「うちに来ないっスか?」
「でも・・」
「ちゃんと責任は取りますよ。それに・・・・・」
気付けば、長い廊下をどこへ行くのか歩いていた。そのとき、腕に付けていた時計が目に入り、すっかり忘れていた本来の目的を思い出す。近くのお店に、アルバイトの面接に行くため歩いていた。が、不運にも約束の時間は過ぎ、今となっては幸か不幸か?今さっき会ったばかりの喜助に、心は囚われ始めていた。
「嫌って顔、してませんけど、ね」
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