お泊り



朝、目覚めると、は見知らぬ8畳ほどの部屋にいた。ぐっすり眠り過ぎたせいか、少し頭がボーっとして、身体全体に鈍いだるさが残る。顔に掛かった髪を除けるだけなのに、その腕は重く、いうことを利かなかった。



「なんで・・・・・ここは・・なにが、あったの」



鉛のように重い身体を起こし、は再度、見覚えのない部屋を見渡した。まだ頭もはっきりせず、グルリと目を廻すが、の寝ていた布団以外、なにもない閑散とした部屋で、手掛かりにはならない。その時、に対して左側の襖が静かに開いた。



「おはよ。やっと、お目覚めやね」
「い、市丸隊ちょ・・・・・・!」



顔だけを覗かせた市丸は、を見るなり笑顔を濃くした。一方のは、驚くと共に、忘れていた記憶が一気に甦り言葉を詰まらせる。ココが何処かはわからない。でも、に残る最後の記憶は、市丸が関係していた。



「逃げてた途中からの記憶がない!」
「ああ。気、失って倒れたからな」
「じゃぁ・・・ココは!」



頭を抱え、目を漂わせたは、日々恒例ともなった市丸の愛情表現=意地悪から逃げていたことを思い出した。必死に走るの後を、余裕綽々で追い駆けてくる市丸を撒くために、戸魂界内を走り回っていたが、その途中での記憶は途絶える。不安な面持ちのに、足音もなく近付く市丸はしれっと核心を述べた。ゆっくりと市丸を見上げたは、この世の終わりと遠い目を向ける。



「救護詰所」
「ぁ・・・」



またまたしれっと言ってのける市丸に、その言葉を鵜呑みにしてよいものなのか、はホッと一先ず安心した。逃げ通すにも限界があり、倒れて市丸に貸しを作ったのは不本意だが、仕方あるまい。



「どないしたん?」
「べ、べつに」
「それにしても、・・・・・朝から目の毒やな」



様子を窺うように覗き込んできて市丸に、は浮かない顔を隠すように逸らした。倒れた原因が市丸でも、礼だけは言うつもりだったが、タイミングを逃がす。しかし、市丸の本質は視線に表れており、辿れば礼など勿体無い話であった。



「えっ・・・はぁ!」



視線に合わせ俯いたは顔を上げ、市丸と顔を見合わせる。気付かれても、マジマジと動かぬ顔に、は慌てて肌蹴ている襟と裾を直し、掛け布団を抱えるように被せ隠すと、顔だけ出ているその目は、威嚇よりも強い意志を持って市丸に向けられた。隠したことで残念と、少し角度の変わった目は諦めるどころか、愉しむようにの反応を味わう。



「怖い顔やな」
「誰のせいですか」
「信用ないん?」
「・・・・・・今は」
「意識のない相手を襲うほど、餓えてないけど」
「・・・・・・・」



は警戒心を強め、市丸の動きに神経を尖らせた。それすら愉しむ市丸は、側でしゃがむと冗談めいたことを言い、薄っすらと笑う。なにもなかったことが反対に、の不安を大きくした。市丸の手がそっと、の髪を撫でる。



「目の前で倒れたときは、心臓が止まるかと思ったで」
「・・・隊長が追いかけなければ、倒れませんでした」
「そうやけど、それは無理な話や」
「っ!市丸隊長!」



急に心配そうな目を向けられ、惑わされる。裏の顔が見えず、気持ち背中を引き、強く出れないであった。髪を撫でていた手が首に添えられ、同じ表情に声のまま、肩を押されたは目を大きく見開いて、空を掴む手の端で酷く綺麗な笑みが過る。



を愛してるから、苛めたくなるんは必然やろ」
「訳がわかりません!退いて下さい!」
って、寝相悪いんやで知ってる?特に脚。何度直したったかわからんで、見てて飽きはせんかったけど、辛かったな」
「あああああああ、脚を撫でないで下さい!」



押し迫る市丸を、力一杯押し退けようとするだが、無駄な足掻きだった。市丸は首に顔を埋め、の弱い耳元で意地悪く囁き、掛け布団もなんのそので、滑り込んだ手は腿を撫で上げる。市丸との距離を、これ以上縮めたくないは手を放すことが出来ず、最後の手段と声を荒げた。



「市丸隊長!ココは詰所なんですから、人を呼ぶ事だって簡単に!」
「あれ、嘘」
「え」
「ボクの家」
「ナンテ、オッシャイマシタ」



止まった二人。思い出したように、事実を吐いた口は詫びれもなく笑みを作った。気が遠くなるのを感じたは目が点になり、改めて、逃げられない相手に捕らえられたことを実感する。



「ここでお預けはなしや」
「あ、あの・・隊長!」
「もう一泊・・・お泊りしょうな」



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