ときには恋人のように



「はぁ〜……」



哀愁漂う溜め息を、おしゃれなカフェのテラスで何度吐いただろうか?シックで落ち着いた外観が、恋人たちの寛ぎの場にピッタリと人気のカフェなのに、そぐわぬ者が1人、シスターは寂しく浮いていた。しかも、テラスのど真ん中で一番良い席に、何時間も居座っているのだ。外からも中からも、白い目で見られるのに慣れてしまうほど、ここに通い。この席に座る。決まって出るのは溜め息と不満ばかり。



「なんでいつも連れてってくれないのよ!」



身なりは清純なシスターだが、派遣執行官見習いという、外見からは想像できないような職についている。でも、見習い。まだまだ未熟ゆえ、1人での仕事なんて夢のまた夢、バチカンから出ることだってない。で、憂さ晴らしに来ている。周りのカップルからは冷やかな目で見られるから、それがを意固地にしてしまう。恋人と呼べる人なんて…



「いつも、置いてけぼりなんだから…」



テーブルにうつ伏せ、泣き出しそうな顔をして堪えるように目を瞑る。笑って頭を撫でるあの人は、いつも保護者顔で子供扱い。縮まらない距離を遠くしているのは、我が侭な自分かもしれない。グルグルと廻る靄を払うように、パッと目を開き、勢いよく体を起こした。



「アベルのバカ!」



仰け反るように天を見上げ叫ぶ。スッとしない心に、影が掛かった。



「バカは酷いですね」
「アベル!」



の顔を覗き込むように、派遣執行官アベル・ナイトロードが困った顔で笑ってた。周りの視線を一斉に集めたこともあり、猫背になった背中が申し訳なさそうに席へ着く。その様子を、瞬きもせずに見ていたが小声で問いかけた。



「…帰ってくるの、明後日じゃ」



騒いでおいて今更だが、嬉し恥ずかし困惑したは借りてきた猫のようで、モジモジと、近くなったアベルの顔が見れなくて俯いた。神父服を整え、椅子に座り直したアベルは優しく笑みを浮かべる。



「早く済んだもので、いけませんでしたか」



顔は笑っているのに、困った風な声に慌てて顔を上げたは首を振った。しまったと、気づいた時には遅くて、アベルの優しげな瞳に掴まってしまう。



「報告を終えたら、あなたは外出中。もしやと思い来てみたら」
「覚えてたんだ」
「ええ。何度も聞かされました。それに、1人じゃ目立ちましたから」
「っ!ほっといてよ」



瞳を見ているからか、アベルの言葉に嘘はないとわかる。覚えていてくれたこと、探してくれたことが嬉しい。でも、アベルらしい一面もあり、±0に戻ってしまうあたりが、今の現状といえるかもしれない。誰のせいでと、言いたい気持ちを抑え、お多福のような膨れっ面でそっぽを向いた。



「そうはいきませんよ。恋人同士で来るものなんでしょ」



優しかった目が一瞬真剣になり、の頬に手を掛けると自分のほうに向けた。アベルらしからぬ行動に、膨らんだほっぺも萎み、熱が集まるのがわかる。感じたことのない空気に、違和感が付き纏う。



「美味しそうなものばかりですね。私、モンブランと紅茶にします」



メニューを手に、アベルの瞳は美味しそうなケーキにキラキラと輝いた。普段の生活からいくと、こんなことは滅多にない。ワクワクしたアベルとは違い、はメニューに隠れて、ずっと夢見た現実に戸惑い、アベルがアベルでないようで落ち着かない。



はどうしますか」
「同じので…」
「すみませーん」



ご機嫌に手を上げ、ウエーターを呼び注文を済ませる。その間の会話は会話でなく、しばらくして、モンブランと紅茶が運ばれて来た。



「美味しいですね。この甘く煮た渋皮付きの栗がなんとも」
「わたしのもあげる」
「え!いいんですか」



てっ辺の栗をフォークで差すと、丸ごと口へと頬張り、その美味しさにほっぺが落ちないように両手を添えるとじっくり味わう。そんなアベルを見て、は自分の栗をフォークで掬うと、なくなったアベルのモンブランの上に置いた。思わぬ栗の復活に、アベルは机を揺らすほど驚く。



「うん。ありがとう。アベル」
「なんのお礼ですか」



頷き、フォークを置いたの“ありがとう”に、アベルは目を丸くした。栗以外の部分を口に含み、フォークを咥えたまま首を傾げる。



「無理しなくてもいいよ」
「はぃ!」



紅茶に角砂糖を3個入れ、静かに動くスプーンを、動揺した面持ちでアベルの目が追う。その肩からは力みが抜け、一息つくため紅茶を啜り、の顔にやっと笑顔が咲いた。



「付き合ってくれてありがとう。アベルはアベルでいてほしい」
「…はぁー。これでも頑張ったんですけど…仕方ないですよね」



見ているほうまで笑顔にしてしまう。釣られて息を吐き崩れたアベルは、頭を掻いて言葉を呑み込んだ。いじけるようにモンブランを突っつき、肩を落として、最後に取っておこうと思った2個目の栗を、躊躇うことなく口の中に放り込む。砕いた瞬間、渋皮で眉が少し歪んだ。



「?…
うん…」



それはも同じで、甘苦さに眉が歪んだ。食べることのなかった栗が口の中で渋さと甘さを強調し、クリームの甘さもあってちょうどよく広がる。中に残った欠片を甘く砕き、俯き加減にアベルを見る。



甘い…」
「好きですよ。。今日はここまで」
今日は…?」



紅くなった頬を更に染め、恥かしげにが聞き返すと、困った笑みを作り、ゆっくりと近づいて呟いた。



「はい。続きはまた、今度」



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